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「冗談でしょ?」凍り付いた妻の表情
どうすればいいのか。考えあぐねること5日、浩一さんは一つの結論に達します。それは恵子さんの手を借りるというもの。これまで浩一さんを支えてきてくれたのだから、今度も助けてくれるはずだ――。
厚生労働省『2022(令和4)年 国民生活基礎調査』で要介護者等からみた主な介護者の続柄をみていくと、「同居の家族」は45.9%、「別居の家族等」は11.8%。別居している義親の介護を担うのは、珍しいケースといえるでしょう。それでも浩一さんは、「恵子なら引き受けてくれるはず」という確信めいたものがありました。
「恵子、相談があるんだ。実は、うちの親父のことで……」
浩一さんは、母からの悲痛な電話の内容を説明し、自分は仕事があるため、どうしても身動きが取れないことを伝えました。そして、最後に「だから、頼む。母さんを助けると思って、しばらく親父の面倒を見に行ってはくれないだろうか。もちろん、週末は俺も必ず手伝うから」と続けました。誠心誠意、頭を下げてお願いすれば、きっと理解してくれる。そう信じて疑わなかった浩一さんの耳に届いたのは、想像とはあまりにもかけ離れた、冷たい言葉でした。
「……冗談でしょ?」
浩一さんの表情は凍り付き、その声には軽蔑の色さえ浮かんでいるように感じられました。
「え……?」
「だから、私があなたのお父さんの介護をするなんて、あり得ないって言っているの」
恵子さんは、静かに、しかしはっきりとした口調で続けます。
「私はこの35年間、あなたの妻として、二人の子どもの母親として、この家を守るために尽くしてきました。それは、家族のためであって、あなたの召使いになるためじゃない。ようやく子どもたちが巣立って、これからは自分の時間が持てると思っていたのに」
「な、何を言っているんだ、家族じゃないか!」と、思わず声を荒らげる浩一さんに、恵子さんは冷静に答えます。「あなたの親の介護をするために、あなたと結婚したわけでも、あなたをサポートしてきたわけでもない」。さらに恵子さんは、まっすぐに浩一さんの目を見て、こう言い放ったのです。
「どうしても、というなら離婚するしかありません。きちんと慰謝料をいただけるなら、その対価として介護を考えてあげなくもないわ」
まさしく撃沈。仕事を辞めて浩一さんが介護するか、離婚して恵子さんに助けを求めるか、それとも……どうすべきか、結論が出ないまま、ただ茫然とするしかなかったといいます。
[参考資料]
厚生労働省『2022(令和4)年 国民生活基礎調査』