人生100年時代といわれる今、定年後の暮らしには「自由な時間」や「新たな楽しみ」と共に、思いも寄らぬ現実も潜んでいます。順風満帆に思えた第二の人生も、ある日突然、大きな選択を迫られることがあるようです。
〈月収60万円〉〈退職金2,800万円〉60歳定年夫を絶句させた「86歳母からの電話」…5日後、35年連れ添った58歳妻が放った「衝撃のひと言」に撃沈 (※写真はイメージです/PIXTA)

「冗談でしょ?」凍り付いた妻の表情

どうすればいいのか。考えあぐねること5日、浩一さんは一つの結論に達します。それは恵子さんの手を借りるというもの。これまで浩一さんを支えてきてくれたのだから、今度も助けてくれるはずだ――。

 

厚生労働省『2022(令和4)年 国民生活基礎調査』で要介護者等からみた主な介護者の続柄をみていくと、「同居の家族」は45.9%、「別居の家族等」は11.8%。別居している義親の介護を担うのは、珍しいケースといえるでしょう。それでも浩一さんは、「恵子なら引き受けてくれるはず」という確信めいたものがありました。

 

「恵子、相談があるんだ。実は、うちの親父のことで……」

 

浩一さんは、母からの悲痛な電話の内容を説明し、自分は仕事があるため、どうしても身動きが取れないことを伝えました。そして、最後に「だから、頼む。母さんを助けると思って、しばらく親父の面倒を見に行ってはくれないだろうか。もちろん、週末は俺も必ず手伝うから」と続けました。誠心誠意、頭を下げてお願いすれば、きっと理解してくれる。そう信じて疑わなかった浩一さんの耳に届いたのは、想像とはあまりにもかけ離れた、冷たい言葉でした。

 

「……冗談でしょ?」

 

浩一さんの表情は凍り付き、その声には軽蔑の色さえ浮かんでいるように感じられました。

 

「え……?」

「だから、私があなたのお父さんの介護をするなんて、あり得ないって言っているの」

 

恵子さんは、静かに、しかしはっきりとした口調で続けます。

 

「私はこの35年間、あなたの妻として、二人の子どもの母親として、この家を守るために尽くしてきました。それは、家族のためであって、あなたの召使いになるためじゃない。ようやく子どもたちが巣立って、これからは自分の時間が持てると思っていたのに」

 

「な、何を言っているんだ、家族じゃないか!」と、思わず声を荒らげる浩一さんに、恵子さんは冷静に答えます。「あなたの親の介護をするために、あなたと結婚したわけでも、あなたをサポートしてきたわけでもない」。さらに恵子さんは、まっすぐに浩一さんの目を見て、こう言い放ったのです。

 

「どうしても、というなら離婚するしかありません。きちんと慰謝料をいただけるなら、その対価として介護を考えてあげなくもないわ」

 

まさしく撃沈。仕事を辞めて浩一さんが介護するか、離婚して恵子さんに助けを求めるか、それとも……どうすべきか、結論が出ないまま、ただ茫然とするしかなかったといいます。

[参考資料]

 

厚生労働省『2022(令和4)年 国民生活基礎調査』