父の遺言書

父が亡くなったことをAさんに知らせてくれたのは、父が生前に死後事務委任契約していた業者でした。

父の晩年について尋ねると、散歩してはガラクタを拾って帰り、ブツブツと独り言をいいながら分解することを繰り返していたらしく、そうした経緯から部屋のなかがゴミ屋敷になっていったそうです。

業者が生前の父に依頼されていたことは、Aさんの父には頼る身内がいないため、自身が亡くなったら最後の手続き等をしてほしいといった旨のものでした。父が亡くなったときに、そのことを伝えてほしい相手として指定したのはAさん1人だけだったとのこと。業者は預かっていたメモをAさんに渡しました。父にとっては遺言代わりのつもりだったようです。

読んでみると、「幸せに暮らしてください。大金がありますよ 父より」とだけ書かれていました。これだけ?と唖然とするAさん。

遺言書の内容の真偽はともかく、家の片付けはしなければいけません。Aさんは業者とともに父の住んでいたゴミ屋敷のなかへ足を踏み入れました。狭いアパートの一室はゴミで溢れていて、足の踏み場もありません。どうにか必要最低限の足場を確保してから、大きなゴミ袋にひたすらゴミを詰め込み始めます。

手を動かしながらも、頭の片隅には父の遺言が常にありました。短い文章のインパクトが強かったからか、大金という文言が魅力的に見えたからかはわかりません。このゴミ屋敷のどこかに大金があるのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、Aさんは業者と協力してひたすらゴミの片付けを続けました。

しばらく片付けをしていると、部屋の隅にくたびれたスポーツバッグを見つけたのです。持ってみるとずっしりとした重みがあります。中身を確認してから破棄することに。ファスナーをあけてみると……。ゴミの山のなかから父の貧しい暮らしとはあまりに不釣り合いな「あるもの」が。

なんと「金」が入っていたのです。これにはAさんもビックリ。父は退職金等のまとまったお金で金を購入していたようです。業者によれば、父は普段の生活を年金の月8万円で細々とやりくりしていたというので、金には一切手を付けず、このスポーツバッグにしまっていたのでしょう。

金を換金した場合の金額は2,000万円ほどになることがわかり、さらに驚きます。どうやら父の遺言書にあった「大金」とはどうやら、この「金」のことだったようです。家賃滞納や生活苦であっても、金を換金することなく頑張って生活していたのだろうと推測できます。