個人事業主が長かった父の年金

Aさんは、もうすぐ還暦を迎える会社員です。会社は定年退職となりますが、65歳の年金受給までは頑張って働こうと考えています。

Aさんの父は90歳。かつては運送会社で働いていましたが、会社内でもめごとがあり、退職。その後は個人事業主としてトラックの運転手になり、晩年はタクシー会社に勤めていました。

Aさんの母は15年前に癌で亡くなり、それから父は一人で暮らしています。いままで家事をすることが少なかった父なので、Aさんは父の一人暮らしを心配し、同居しないかと持ちかけたこともありました。しかし父は「母さんと過ごした自宅から離れたくない。これからは年金暮らしになるから、家事を覚えるよ」と笑って話をしていました。

はじめは心配し、まめに連絡をしたり様子をみにいったりしていたAさんですが、思いのほか家事をこなしている父の様子を目の当たりにして、「案外、やればできるんだね」と安心しました。その後、自身が管理職になったこともあり、日々の生活に追われ、遠方の実家には足を運ぶことも、頻繁に連絡をすることもできなくなりました。

「年金で十分暮らせている」

ときには高齢者の孤独死問題や貧困問題、強盗などのニュースが流れると、心配になることもありました。警察庁のデータによると、警察取扱死体の総数7万6,020体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの者(令和6年)は、65歳以上が7,846体ですが、85歳以上になると1万4,658体と、全体の約2割を占めています。

Aさんの父親が85歳になると、せめて電話連絡ぐらいはまめにと思いつつも、思い出して連絡しようとしたときには大体寝る直前の深夜帯。「すでに寝ているだろうから明日、電話しよう」と繰り返す毎日でした。

時折の電話では、先手で父からこういわれました。

「元気でやっているから心配ない。お金は年金で十分暮らせているから大丈夫だ」

Aさんは、年金制度について詳しくなかったため、父の言葉を鵜呑みにし、実際いくら受け取っているのかを知る由もありませんでした。加えて、「親にお金のことを聞くことはなんとなく気が引ける」そんな思いもあったのです。