(※写真はイメージです/PIXTA)
お母さん、ごめん…父が謝り続けるワケ
その夜、雄介さんは夕食の腕を振るいました。母の得意料理だった肉じゃがを思い出しながら作り、「たまにはこういうのもいいだろ?」と食卓に並べます。しかし、健一さんは箸をつけたものの、あまり食べようとはしませんでした。
「口に合わなかった?」
「いや……そういうわけじゃない。ただ、食欲がなくてな」
そう言って、健一さんは早々に食卓を離れてしまいました。深夜、物音でふと目を覚ました雄介さんは、階下から光が漏れていることに気づきます。そっと階段を降りてリビングを覗くと、暗闇の中、仏壇の前に座る父の小さな背中がありました。その肩は小刻みに震え、嗚咽を漏らす声が聞こえてきます。
「すまない……すまない……」
謝り続ける父の姿に、雄介さんはなかなか声をかけることができません。しばらくして声をかけると、健一さんは絞り出すように「もう、俺に構うな……1人にしてくれ」とひと言。雄介さん、それ以上話しかけることはできませんでした。
その後も大して親子の会話は行われず、あっという間に雄介さんが帰る前の晩の日。健一さんはぽつりと胸の内を語り始めました。
「結婚してからずっと、面倒なことは母さんに押しつけてきた。これからは母さんの好きなことをたくさんするはずだったのに、急に逝ってしまうから……母さん、心残りで天国なんて行けないと思うんだ」
深すぎる後悔――何もする気になれず、最近は、近所との交流は一切なく、誰とも話すことなく1週間が過ぎることもあるといいます。
内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』によると、「生きがいを感じている」と回答した高齢者の割合は、パートナーがいる場合は18.0%。一方、死別を経験している場合は28.2%と、10ポイント近く上昇。また「社会活動をしていない」の割合は、パートナーがいる場合は30.5%に対して、死別を経験している場合は54.6%と、大幅に増えています。パートナーとの生涯の別れが、どれほど大きな影響を与えるか一目瞭然。パートナーとの死別を機に「孤独・孤立」してしまうケースは珍しくありません。
高齢化の加速とともに、配偶者と死別して1人になる、いわゆる没イチの高齢者は急増するといわれています。なかにはパートナーを亡くした悲しみから立ち直ることができず、心身に不調をきたすケースも。そのようなことに直面したら、子どもとして何ができるのか、何をすべきかは一人ひとり異なるでしょう。ただ「孤独・孤立させない」ということは、すべての親子に共通することです。
[参考資料]
厚生労働省『患者調査』
内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』