年齢を重ねた親と向き合うとき、かつては頼もしかった存在が少しずつ変化していることに戸惑いを覚える人も多いのではないでしょうか。親子の関係は、人生のステージごとに形を変えながら続いていきます。高齢の親と子ども、それぞれの立場や思いが交差する今、どのような距離感や関わり方が求められているのでしょうか。
もう俺に構うな…〈年金月20万円〉元警察官の70歳父の嗚咽。8ヵ月ぶりに帰省した42歳長男が絶句した「あまりに過酷な現実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

お母さん、ごめん…父が謝り続けるワケ

その夜、雄介さんは夕食の腕を振るいました。母の得意料理だった肉じゃがを思い出しながら作り、「たまにはこういうのもいいだろ?」と食卓に並べます。しかし、健一さんは箸をつけたものの、あまり食べようとはしませんでした。

 

「口に合わなかった?」

「いや……そういうわけじゃない。ただ、食欲がなくてな」

 

そう言って、健一さんは早々に食卓を離れてしまいました。深夜、物音でふと目を覚ました雄介さんは、階下から光が漏れていることに気づきます。そっと階段を降りてリビングを覗くと、暗闇の中、仏壇の前に座る父の小さな背中がありました。その肩は小刻みに震え、嗚咽を漏らす声が聞こえてきます。

 

「すまない……すまない……」

 

謝り続ける父の姿に、雄介さんはなかなか声をかけることができません。しばらくして声をかけると、健一さんは絞り出すように「もう、俺に構うな……1人にしてくれ」とひと言。雄介さん、それ以上話しかけることはできませんでした。

 

その後も大して親子の会話は行われず、あっという間に雄介さんが帰る前の晩の日。健一さんはぽつりと胸の内を語り始めました。

 

「結婚してからずっと、面倒なことは母さんに押しつけてきた。これからは母さんの好きなことをたくさんするはずだったのに、急に逝ってしまうから……母さん、心残りで天国なんて行けないと思うんだ」

 

深すぎる後悔――何もする気になれず、最近は、近所との交流は一切なく、誰とも話すことなく1週間が過ぎることもあるといいます。

 

内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』によると、「生きがいを感じている」と回答した高齢者の割合は、パートナーがいる場合は18.0%。一方、死別を経験している場合は28.2%と、10ポイント近く上昇。また「社会活動をしていない」の割合は、パートナーがいる場合は30.5%に対して、死別を経験している場合は54.6%と、大幅に増えています。パートナーとの生涯の別れが、どれほど大きな影響を与えるか一目瞭然。パートナーとの死別を機に「孤独・孤立」してしまうケースは珍しくありません。

 

高齢化の加速とともに、配偶者と死別して1人になる、いわゆる没イチの高齢者は急増するといわれています。なかにはパートナーを亡くした悲しみから立ち直ることができず、心身に不調をきたすケースも。そのようなことに直面したら、子どもとして何ができるのか、何をすべきかは一人ひとり異なるでしょう。ただ「孤独・孤立させない」ということは、すべての親子に共通することです。

 

[参考資料]

厚生労働省『患者調査』

内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』