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進学者を増やすためにできることはなにか
民間での雇用を阻むミスマッチの存在
これまで見たように、進学者を増やすには在学中の経済的支援の更なる充実化と需要不足を解消し、成果を学生にアピールする必要がある。ただし、運営交付金の減少や少子化による大学経営の悪化も懸念され、常勤ポストの増加を見込めるとは限らない。これら人材の受け皿として民間での雇用促進は特に重要になる。
民間での雇用を阻む課題として、スキルをめぐるミスマッチの存在は大きい(図表6)。
特に、企業と博士が求める/提供するスキルにはすれ違いがある。
多くの日本企業は、職務内容や勤務地が限定されないメンバーシップ型雇用に基づく新卒一括採用が前提にあり、価値観や人柄、汎用的スキルの有無を採用軸としたポテンシャル採用・自社育成が中心的になる。しかし、専門性を強みとする博士は、多様な業務に対応できる人材を求めるメンバーシップ型雇用の採用基準と合致しづらい。加えて、年齢面も不利に働く。このため、全体として企業の博士ニーズは限定的となる。
また、採用に積極的な企業では、自社の研究分野と関連した専門性を求めた採用が中心的だ(図表7)。
ただし、業種は限定的であり、一部の研究分野の博士に需要が偏る14。博士側もまた、就職において専門性、とりわけ自分自身の研究の継続や研究テーマと関連性を重視する傾向にある15。
この結果、専門性の需給にギャップが発生する。たとえば、人工知能・機械学習・エネルギー変換、画像処理、知的ロボティクスなどの産業界の需要が高い分野に対し、博士の供給は追いついていない16。一方、設計工学や食品化学・調理学などの分野では、供給が需要を超過している。このように、採用に積極的な企業と博士の間にも、スキルのミスマッチが生じている。
直接の研究分野以外という着眼点
こうしたなか、博士課程で学んだ専門性や汎用的スキルを、他の分野で活用することが注目を集めつつある。たとえば経団連は、博士の多様なキャリア実現の必要性を訴える。また、(図表8)のようなスキルを汎用的スキルと位置づけ、こうしたスキルが博士号取得過程で涵養されること、産業界で広く活かせることを指摘する。
実際、専門分野とは異なる領域でも博士の知見が応用され、実績を上げる例がある。たとえば、株式会社ポケモンでは、動物の生態に精通する農学博士がゲーム分野で活躍している。2023年にリリースされたゲーム「ポケモンスリープ」では、ポケモン(キャラクター)の”リアルな”寝姿のデザインに助言を行った。ポケモンの愛らしい寝姿はインターネットを中心に話題を呼び、全世界2000万ダウンロードを超えるヒット作となった17。
また、博士は学部生・修士と比べて、知見の広さや批判的思考力など、様々な面からパフォーマンスの高さを感じるという人事担当者の声もある18。直接の研究分野以外での活躍を視野に入れることで、企業の採用ニーズ喚起や、マッチングの拡大に繋がりうる。
ただし、直接の研究分野以外での採用には壁もある。たとえば、前述の通り企業や博士には、博士採用=専門人材という固定概念がある。また、大学にも民間就職に後ろ向きの風潮やキャリア支援不足が指摘される(図表9)。
まずは、博士採用にかかわるステークホルダーの意識が変わる必要があろう。
おわりに
科学立国の復興には、在学中の経済的支援の更なる充実化とともに、特に民間での雇用促進を中心とした受け皿の拡大を通じた進学者の増加が必要だ。そのためには、企業・博士・大学の3者が抱えるそれぞれの課題を一つずつ解消するとともに、その成果を社会や学部・修士学生にアピールしていく必要があろう。
人口減少社会において、高度な知識を持つ博士を活用できない事実は、企業や社会にとって大きな損失ともいえよう。博士の民間雇用が進み、博士課程への進学者が少しでも増えていくことを期待したい。
14 日本経済団体連合会. 博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に関するアンケート調査.2024-02-20
15 松澤孝明.博士課程在籍者のキャリアパス意識調査.文部科学省. 2019-12
16 経済産業省.博士人材の産業界への入職経路の多様化に関する勉強会議論の取りまとめ.2024-02-29
17 日経ビジネス.ゼロからイチを創出 博士活かす3つの道. 2024-10-14
18 経済産業省.博士人材ファクトブック.2025-03-26
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