予測不能な社会情勢と止まらない物価高騰は、現代の若者たちの経済状況を厳しくするばかり。これに拍車をかける大きな問題がある。奨学金の問題だ。一昔前に奨学金を借りた世代とは状況が大きく異なり、その負担はより重い。本記事では、Aさんの事例とともに、若者たちが直面する経済的課題の現状について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。
40歳まで気が抜けません…手取り月18万円の24歳会社員、毎月ハラハラ「給与口座」を穴が開くほど見る理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

親世代の数倍の負債…若年層が背負うもの

三井住友信託銀行の調査によれば、2人以上世帯における平均負債残高は、1990年時点で20代が115万円、30代が366万円だったが、2023年にはそれぞれ8.6倍の992万円、5.1倍の1,854万円に膨れ上がっている。

 

この背景には、主に2つの要因がある。ひとつは住宅価格の高騰だ。特に都市部では、新築・中古ともに価格の上昇が続いており、マイホーム購入にあたって必要となる借入額が増加している。もうひとつは、大学進学率の上昇と学費の高騰、そして保護者の収入がそれに追いついていない現実である。こうしたことから、教育費を家庭だけではまかないきれず、奨学金に頼るケースが増えているのだ。

 

結果として、20代では年収の約1.6倍、30代では約2.7倍もの負債を抱えている。これは単なる家計の問題に留まらず、日本経済全体に影響をおよぼしかねない深刻な課題である。

消費不振の背景にある“将来不安”と企業の役割

若者の消費が伸び悩む背景にあるのは、可処分所得の伸び悩みだけではない。老後資金2,000万円問題や、新型コロナウイルスなど予測不能な出来事を経験したことにより、「将来への不安」が増大し、支出に慎重になる傾向がある。加えて、物価高騰や社会保険料の負担増も影響し、若年層の節約志向はますます強まっている。こうした状況では、結婚や出産といったライフイベントの先送りが進むだけでなく、スキルアップのための自己投資や、起業といった前向きなキャリアの選択にも消極的になりやすい。

 

若者の消費の低迷は、日本経済全体の停滞につながりかねない。

 

こうしたなか、最近注目されているのが福利厚生制度の見直しだ。とりわけ、企業が従業員に代わって奨学金を返還する「奨学金返還支援制度」が注目を集めている。日本学生支援機構によれば、制度開始の2021年から約3年で、令和6年10月末時点で全国2,587社が導入している。この制度には、以下のような明確なメリットがある。

 

1.所得税が非課税
  企業が直接返還することで従業員の所得とは見なされず、所得税がかからない。

2.社会保険料が不要
  代理返還された奨学金は報酬に含まれないため、保険料の負担も増えない。

3.損金算入が可能
  企業側にとっては給与扱いとなるため、法人税の課税対象所得を軽減できる。

4.定着率・生産性の向上
  従業員のエンゲージメント向上につながり、人材の定着や生産性向上が期待できる。

 

月々1〜2万円の返済でも、収入の少ない若手社員にとっては大きな負担だ。これを企業が支援することで、消費や自己投資への心理的ハードルが下がり、将来に向けた行動がしやすくなる。「借りたら返す」は当然の価値観かもしれないが、時代背景が大きく変わっていることを踏まえれば、こうした支援を行う企業が増えているのは心強い傾向だ。

 

消費を促し、日本経済を活性化させるには、このような企業の取り組みがますます重要になるだろう。さらに、企業が返済した奨学金は再び次の学生のもとへと循環するため、未来の担い手の学びや挑戦を支えることにもつながる。

 

もちろん、賃上げも必要だ。しかし、現状ではそれが返済や貯蓄に回ってしまうため、実質的な可処分所得を増やすような福利厚生制度こそが、若者の挑戦や消費を後押しするカギとなるだろう。

 

 

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者