昨今、「静かな退職」や「カタツムリ女子」といった新しいライフスタイルが話題になっています。忙しさよりもプライベートの充実や幸せを優先した働き方は、まだ課題も残されているようです。本稿では、ニッセイ基礎研究所の金明中氏が、ハッスルカルチャーから脱却した新しい働き方について詳しく分析、解説します。
「静かな退職」と「カタツムリ女子」の台頭――ハッスルカルチャーからの脱却と新しい働き方のかたち (写真はイメージです/PIXTA)

これからは“どん欲な仕事”から“柔軟な仕事”へ

株式会社マイナビが20~59歳の正社員を対象に2025年4月に実施した「マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」によると、正社員の44.5%(「静かな退職をしていると思うか」という質問に対し、「そう思う」14.5%と「ややそう思う」30.0%と答えた人の割合の合計)が「静かな退職」をしていることが分かった。年代別には、20代が46.7%で最も高く、次いで50代(45.6%)、40代(44.3%)、30代(41.6%)の順であった。 

 

また、「静かな退職」をしている人の57.4%が「静かな退職」で「得られたものがある」と回答した。得られたものとしては、「休日や労働時間、自分の時間への満足感」(23.0%)、「仕事量に対する給与額への満足感」(13.3%)、「職場内の良好な人間関係」(12.7%)が上位3位を占めた。

 

一方、2025年3月に企業の中途採用担当者を対象に実施した調査結果によると、「静かな退職」について、賛成(「賛成」14.1%と「どちらかと言えば賛成」24.8%の合計)が38.9%で、反対(「反対」14.6%と「どちらかといえば反対」17.5%の合計)の32.1%を6.8pt上回った。業種別には「IT・通信・インターネット」、「金融・保険、コンサルティング」、「運輸・交通・物流・倉庫」で反対より賛成が多かった。一方、「不動産・建設・設備・住宅関連」、「流通・小売」では賛成より反対が多いという結果が得られた。以上の結果は、「静かな退職」に対する評価が業種特性や職場文化によって大きく異なることを示唆している。

 

出所:株式会社マイナビ(2025)「マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」(有効回答数3,000件)
[図表1]「静かな退職」をしている割合<個人向け調査> 出所:株式会社マイナビ(2025)「マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」(有効回答数3,000件)

 

出所:株式会社マイナビ(2025)「マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」(有効回答数815件)
[図表2]「静かな退職」について賛成か反対か<企業向け調査> 出所:株式会社マイナビ(2025)「マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」(有効回答数815件)

 

日本国内で人手不足が深刻化する中、女性の労働市場への参加は着実に進展している。こうした状況を踏まえると、今後は「カタツムリ女子」と呼ばれる新たな働き方の重要性が高まる可能性がある。ただし、日本において出産や育児を経験した女性が「カタツムリ女子」として働くためには、依然として多くの課題が残されている。特に、依然として「長時間労働・高報酬」といった「どん欲な仕事」がキャリア成功の鍵とされているため、仕事と家庭の両立は依然として困難な状況にある。 

 

残業や休日出勤、深夜勤務によって収入が増える一方で、会社に長時間滞在するほど評価されるような現行の仕組みは、「カタツムリ女子」としての働き方を望む女性たちの労働市場への参加を妨げる要因となっている。男性の長時間労働を減らし、家事や育児への参加時間を増やすとともに、男性の働き方も、仕事や成功を最優先とする「どん欲な仕事」から、育児や家事に柔軟に対応しつつ労働市場に参加できる「柔軟な仕事」へと変わっていく必要があるかもしれない1
1 「どん欲な仕事」と「柔軟な仕事」という用語は、クラウディア・ゴールディン (2023)『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』慶應義塾大学出版会(鹿田昌美翻訳)を参考。

 

「静かな退職」や「カタツムリ女子」という価値観は、従来の「仕事中心の人生」から、「自分らしさ」や「心の安定」を重視する生き方への移行を象徴している。特に若い世代を中心に、キャリアの成功だけでなく、プライベートの充実や精神的な余裕を求める傾向が強まっており、企業側もこうした変化に対応した柔軟な働き方を模索する必要があるだろう。