2025年4月30日、EIOPA(European Insurance and Occupational Pensions Authority、欧州保険・年金監督局)から年金基金分野・保険分野のリスクダッシュボードが公表されました。これはEU内の年金基金と保険それぞれにおける主なリスクと脆弱性、今後の見通しを要約したものです。本稿では、ニッセイ基礎研究所の安井義浩がこの報告書に基づいて、保険と年金基金における各種リスクについて詳しく分析します。
保険と年金基金における各種リスクと今後の状況――EIOPAが公表する報告書(2025年4月)から (写真はイメージです/PIXTA)

各リスクの状況

保険分野

〇 マクロリスクについては、主要地域の次の四半期のGDP成長率予測が1.1%(前四半期 1.2%)と見込まれ、中程度のレベルで安定している。世界のインフレ率予測も2.2%(前四半期2.1%)とほぼ横這いである。

 

今後、米国による安全保障への関与と自由貿易への取組みを巡って不確実性が増し、マクロ経済に大きな影響を与える可能性が高くなっている(今後の予想を「横這い」から「増大傾向」へ変更)。

 

〇 信用リスクに関しては中程度のレベルで、引き続き安定している。

 

〇 市場リスクは、依然として高い水準である。保険会社の債券と株式のボラティリティは落ち着いており、2024年第3四半期末の保険会社の資産構成比は、債券は52.3%とわずかに上昇し、株式は5.0%と概ね安定している。不動産価格は下落傾向に転じたが、保険会社における資産構成比は3.0%と比較的小さいため、影響は限定的である。2023年の投資収益と保証金利の差は、良好な市場環境を反映して平均的にはプラスであった。デュレーションミスマッチ(中央値)も-5%程度で安定している。

 

2025年4月に発表された米国の新たな関税導入に市場は大きく反応した。その後の動きはある程度落ち着いているが、政策の不確実性と、更なるエスカレーションによる資産価格変動の可能性が高まっている。(横這いから増大方向に見通しを変更)

 

報告書内の図を、筆者が再作成。その際、今回変更された箇所を黄色で示した。
[図表1]保険分野 報告書内の図を、筆者が再作成。その際、今回変更された箇所を黄色で示した。

 

〇 流動性と資金調達のリスクは増大することを予想していたが、結果的に中程度レベルにとどまった。2024年第4四半期には、保険会社の期末現金保有の構成比は0.7%でほぼ横ばいであった。保険会社の流動性資産構成比は47%(前四半期46%)へと上昇し、保険契約の解約率は5%(前四半期4.7%)へとわずかに上昇した。

 

〇 収益性と支払能力のリスクは、現状の傾向を維持している。ソルベンシーマージン比率はわずかに改善している(2024第4四半期末の保険グループ平均208.5%(前四半期206.3%))。保険会社の収益性指標(資産収益率など)はわずかに上昇したが、資産負債超過収益率1は13.0%(前四半期15.1%)へと低下した。
1 原文では、Return on excess of assets over liability (ROEに類似した指標か。)

 

〇 相互関連と不均衡リスクは、引き続き安定している。

 

〇 保険引受リスクについては、2024年第4四半期には、指標の一つである保険料収入が大幅に増加したことで、リスクの規模が増大したが、2025年第1四半期はそのまま中程度レベルで安定している。保険商品の利回りが上昇したことで競争力が高まったため、生命保険会社の保険料収入増加率は、14.5%(前四半期12.1%)となった。損害保険会社の保険料収入増加率も8.3%(前四半期 7.4%)とプラスであった。損害率はわずかに低下し63.4%(前四半期 64.6%)であった。

 

〇 市場受容リスクは、2024年第4四半期に上昇したが、その後、中程度で安定している。2025年第1半期では、市場全体よりも高い株価上昇率を示している。

 

〇 ESGリスクはこれまで中程度で安定していたが、今後12か月の見通しは、上昇傾向であることには変わりない。保険会社の気候関連資産へのエクスポージャーはわずかに減少し、保険会社が保有するグリーンボンド残高は社債残高の7%(前四半期末 6.5%)の投資で安定して推移している。気候変動の物理的リスクに関する指標としてのリスクエクスポージャーをみると、洪水に関しては変化はないが、暴風に関するエクスポージャーが高くなっている。環境に関する国際的な協定などを巡る政治的な動向の変化により、長期的な目標に向けた進歩が困難になってきている。

 

〇 デジタル化とサイバーリスクは、現時点では中程度のレベルにとどまっているが、現在の地政学的状況をみると、オペレーショナルリスク、サイバーリスク引受リスクの両面において、サイバー関連の脅威は引き続き大きな懸念事項となる。(見通しを増大方向に変更)