父の葬儀に突然現れた“中年男性”の正体

「……本当にいいお医者さんでしたねえ」

―――葬儀場の真ん中にあるのは、90歳で大往生を迎えた父・Aさんの遺影です。

Aさんは生前開業医として地域に根づいた医療を行い、人望の厚い人物でした。葬儀には親族一同のほか、かつての患者やその家族も詰めかけ、皆がAさんの死を偲んでいます。

そのとき、入口のドアがガラッと開きました。

「すみません、遅れました」

そこには、ゼエゼエと荒い息を吐く、中年男性が立っていました。受付を担当していた親族のみならず、会場にいる誰もがその男性のことを知らず、会場は静まりかえります。

「あなた、誰……?」

親族の女性が尋ねると、その男性(Xさん)は言いました。

私はAさんの息子です。今年55歳になります。信じてもらえないかもしれませんが……

喪主の長男Bさんをはじめ、会場にいる親族は理解に苦しみましたが、葬儀を進行させなければなりません。なんとか葬儀を終えると、改めてその男性を呼び出し、事情を聞くことにしました。

「実は、私も父がAさんだということは、最近知ったばかりなんです。母は私を育てるために幼いころから働き詰めでしたから、ゆっくり話を聞く機会もなく……。ただ、私も家庭をもち、子どもが大きくなってきたときにふと、『父に会ってみたい』と思ったんです。私なりに調べたら、どうやら亡くなったばかりで、ここで今日葬儀があると聞いたもんですから」

Xさんは、父の存在を知ってからさまざまな葛藤があり、葬儀に来るかどうかも非常に悩んだそうです。しかし、「いまの人生があるのは父のおかげでもあり、感謝の気持ちを込めて手を合わせるべきだ」と思い訪れたと、淡々と話しました。

その男性の落ち着いた様子とは裏腹に、なにも知らない親族一同は、「A家に過去なにがあったのか」と疑問や不安が渦巻き、混乱状態に陥っていました。