最高裁判所「司法統計年報」によると、遺産分割事件の数は毎年1万件を超えています。日本で相続トラブルが絶えない背景にはどのような要因があるのか、母親の遺産をめぐって姉と対立する55歳の敦史さん(仮名)の事例をもとに、相続トラブルを回避するためのポイントをみていきましょう。株式会社FAMOREの山原美起子CFPが解説します。
この傷は一生消えません…87歳母の遺産1,500万円が引き起こした〈泥沼相続劇〉55歳長男が“姉への復讐”を悔やんだ「愛する娘のひと言」【CFPの助言】
“大相続時代”も普及進まぬ「生前準備」
国税庁が公表した「相続税の申告事績の概要」によると、2023年の相続財産総額は約21兆6,335億円。また厚生労働省「人口動態統計月報年計の概況」によると、日本では年間およそ160万人が亡くなっており、まさに「大相続時代」を迎えているといっても過言ではありません。
その一方で、相続対策の基本ともいえる「遺言書の作成」は、いまだ十分に普及していません。2023年に作成された公正証書遺言は10万6,028件(※1)、自筆証書遺言保管制度の利用件数は1万7,002件(※2)で、合計してもわずか約12万件。年間死亡者数の1割にも満たないのが現状となっています。
※1.日本公証人連合会「公正証書遺言作成件数」
※2.法務省「遺言書保管制度の利用状況」
このように、多くの人が「相続対策は富裕層がするもの」「うちには争うような資産がないから」と相続対策を怠った結果、相続トラブルが後を絶たない日本の現状を生んでいるのです。
「貯金はお前に」と言っていた…仲良し姉弟が“争族”に発展したワケ
「最低でも1,000万円はもらいたい」
――最愛の母を亡くした長男・敦史さん(仮名・55歳)は、遺産1,500万円の分け方をめぐって姉・登紀子さん(仮名・59歳)と対立しています。
「母は常々、生活苦の自分を心配して『私が死んだら貯金はお前にあげるからね』と言っていた。だから遺産は姉さんより多く受け取る権利がある」
勤務先の業績悪化により、ここ数年ボーナスカットが続いている敦史さんは、このように主張します。しかし姉は、「遺言書はあるの? そんな口約束、信じられない」と耳を貸しません。
自身も働き、夫も高収入の登紀子さんとは正反対に、敦史さんは就職に苦労し、いくつか職を転々としてきました。
「私が死んだら貯金はお前にあげるからね」と言っていたのも本当のことですが、肝心の証拠がありません。肺炎で急逝した母は、遺言書を残していなかったのです。
敦史さん「実は役職定年で給料がまた下がるんだ。住宅ローンも残ってる……。姉さんはお金に困ってないだろ? 頼むよ」
登紀子さん「事情はともかく、親の遺産はきっちり半分ずつにするのが筋でしょう?」
敦史さん「筋ってなんだよ! 母さんの気持ちを踏みにじらないでくれよ!」
話し合いはいつまでも平行線で、らちが明きません。遺産分割協議はまとまらず、最終的には家庭裁判所で争うハメに。母を亡くした悲しみも癒えないうちに、姉弟の絆までもが壊れてしまいました。