最高裁判所「司法統計年報」によると、遺産分割事件の数は毎年1万件を超えています。日本で相続トラブルが絶えない背景にはどのような要因があるのか、母親の遺産をめぐって姉と対立する55歳の敦史さん(仮名)の事例をもとに、相続トラブルを回避するためのポイントをみていきましょう。株式会社FAMOREの山原美起子CFPが解説します。
この傷は一生消えません…87歳母の遺産1,500万円が引き起こした〈泥沼相続劇〉55歳長男が“姉への復讐”を悔やんだ「愛する娘のひと言」【CFPの助言】
遺産トラブルの75%以上は「遺産額5,000万円以下」の家庭で発生
最高裁判所「司法統計年報」によると、遺産分割事件の数は毎年1万件を超えています。なかでも注目すべきは、遺産額が5,000万円以下の事件が全体の75%以上を占めている点です。
相続で揉めるイメージのある資産家ほど、実は生前から綿密な相続対策や遺言書を作成する傾向があり「金持ち喧嘩せず」という言葉が反映された結果ともいえます。
また、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、70歳代世帯の金融資産保有額は平均2,391万円(中央値1,100万円)となっています。
このことからも、長寿大国である日本の相続トラブルの多くは、ごく一般家庭において高齢者の預貯金や自宅といった身近な資産をめぐって起きるものであることがわかります。
遺産分割の「優先順位」は…
財産を「誰が」「なにを」「どのように」引き継ぐかは、以下の順序で決まります。
1.遺言書
……最も優先されるもので、あげる側(被相続人)が遺産の分け方を自由に指定できます。
2.話し合い(遺産分割協議)
……遺言書がない場合、もらう側(相続人)全員で分け方を協議します。法定相続分はあくまで目安です。
3.家庭裁判所(調停・審判)
……協議がまとまらない場合、第三者(家庭裁判所)が法定相続分などを考慮して分割方法を決定します。
遺言書は時効がなく強い効力をもちますが、口頭の遺言には法的効力がありません。今回のように「生前に意思を聞いた」という主張するだけでは「言った」「言わない」の水掛け論になるだけです。
では、録音や動画で本人の意思を残せば安心かというと……残念ながら、それも法的に有効な遺言とは認められません。昨今では音声合成や動画生成などのAI技術が進化し、本人そっくりの映像や音声を作ることも容易になってきました。
そのため、「本当に本人が言ったのか?」「偽造されたものではないのか?」という新たな疑念や争いが生じるリスクが高まっています。
だからこそ、法的に有効な形式で「遺言書」を作成することが、家族を争いから守る最善の手段なのです。
円満相続のカギを握る「付言事項」の重要性
さらに、遺言書には財産の分け方だけでなく、想いや背景を記す「付言事項」を添えることもできます。これにより、遺言者の意思がより明確になり、相続人同士の誤解や対立を避ける手助けになります。
なぜ母が長男に多くの財産を残すのか、長女へはどんな思いがあったのか、母自身の言葉で知ることができれば、生活にゆとりのある登紀子さんなら納得して遺産分割協議書にサインしたかもしれません。