(※写真はイメージです/PIXTA)
こんなはずでは…シニア起業「理想」と「現実」
しかし、客足は徐々に遠のいていきました。藤原さんのカフェは、最寄り駅から徒歩15分と決して立地が良いとはいえず、どちらかといえば「隠れ家的カフェ」「路地裏カフェ」のような雰囲気。繁華街では成立した立地だったかもしれませんが、住宅街の特徴が強い藤原さんのカフェがある街では、少々難ありだったのかもしれません。ところが藤原さん、立地が厳しいことは最初からわかっていたといいます。
「こだわりのメニューに、こだわりの空間……よい店を作ったら、立地なんて関係ない。現役時代の経験からか、変な自信がありました」
開店時の思いを信じ、SNSなどの広報活動を繰り広げるも実を結ばず――どんなにこだわりのカフェであっても、それだけを訪れるには難しい街でした。仕入れや人件費(最初は藤原さん一人、後にパートを雇用)といった経費は日々発生。しかし、売上は期待した額には遠く及びません。あっという間に運転資金が目減りしていくのを目の当たりにし、次第に焦りを感じ始めました。
会社員時代には、売上目標や経費計画は会社の周到な事業計画に基づいていました。しかし、自分の事業となると話は別です。市場調査はあまりに不十分でした。
「もっとしっかりと計画を立てておくべきだった。飲食店がこんなにも厳しいなんて……本当にバカでした」
その後もテイクアウトを始めるなど、様々な対策を試みましたが、焼け石に水。家賃の支払いや仕入れ代金、光熱費などが重くのしかかり、退職金を取り崩すスピードは加速していきました。資金繰りは悪化の一途をたどり、開店からわずか8ヵ月後、藤原さんのカフェは静かにそのシャッターを下ろしました。2,000万円あった退職金も、カフェの開業資金と赤字補填ですべて消えてしまったといいます。
「自分でも1年ももたないとは、思ってもみませんでした」
総務省によると、2023年の「60~64歳」の就業率は74.0%、「65~69歳」は52.0%、「70~74歳」は34.0%。いずれも右肩上がりとなっています。働く意欲の高い高齢者が増えるなかで、起業という選択肢を選ぶ人も少なくありません。これまでの経験や知識を活かしたい、社会と繋がり続けたい、といったポジティブな理由が多い一方で、藤原さんのように「バカでした」とため息をつく結果に終わるケースも珍しくありません。
日本政策金融公庫総合研究所『新規開業実態調査』によると、開業時の年齢は上昇傾向にあり、2024年度の平均年齢は43.6歳。60歳以上は6.3%と、この10年ほどは新規開業者の6~7%を占めています。また開業直前の勤務先からの離職理由についても「定年退職」は2.1%と、「自らの意思による退職」が8割強と大多数を占めるなか、少ないながらも一定数はセカンドライフとして起業を志す人が一定数いることを示唆しています。さらに売上状況が「増加傾向」が6割を占める一方で、3割は「赤字基調」と、起業した人全員が成功するとは限らないことがわかります。
藤原さんは、カフェの閉店後、ハローワークに通い、現在は非正規の職を得ています。
「私は失敗しましたが、夢を追って後悔はありません。しかし、同じように起業を志す同年代の人にはぜひ、成功してほしい。私のように変な自信を持たずに、冷静に判断してほしいですね」と、藤原さんはエールを送っています。
[参考資料]
総務省『統計からみた我が国の高齢者』
日本政策金融公庫総合研究所『2024年度新規開業実態調査』