
1――はじめに
職場の同僚が「銀行で両替してきた」と言って見せてくれたのが、ミャクミャクが刻まれた 500 円の記念貨幣だった。大阪・関西万博を記念して財務省が発行した法定通貨であり、買い物にも使える¹。中央は銀白色、外周は黄金色の二層構造で、金属の質感を活かした彫刻によりキャラクターが立体的に浮かび上がる。
実際には通常の500 円硬貨と同じ素材・サイズ・重量であり、見た目の特異性とは裏腹に、日常の中に溶け込みやすい設計となっている。記念貨幣という存在自体は目新しいものではない。今回の万博に際しても、10,000円金貨や1,000円銀貨といった高額かつ豪奢な貨幣がすでに発行されている。しかし、それらは専用申込による購入制であり、日常生活ではほとんど目にする機会がない。
一方で、この500円記念貨幣は、全国の金融機関を通じて実際に流通している。日常の延長線上にある、“公共空間で多くの人に触れられる記念”として、多くの人の目に触れる存在となっている。こうした中、先日覗いた東京の複数の書店では『大阪・関西万博ぴあ』が品切れとなっており、Amazonでも一時「お届けまで1週間以上」との表示が出ていた。関西主導のイベントではあるが、開幕直前になり、東京でも徐々に機運が高まってきたことの一端かもしれない。
そのような中、この500円貨幣を手に取ったとき、改めて感じるのは———これは単なる記念グッズではなく、国家的事業の象徴であり、公共性のある資金の使途や優先順位のあり方を問いかける存在でもある、ということである。
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¹ 2025 年日本国際博覧会(大阪・関西万博)。以降本稿での「万博」はこれを指す。
2――国家が「記念する」とはどういうことか
ミャクミャクの記念貨幣を手にしたことをきっかけに、万博という国家的プロジェクトの背景にある費用構造や意思決定のあり方について、あらためて考えさせられた。誰の判断で、誰の負担によって進められているのか——その問いは、たとえ万博が開幕したあとであっても有効であり続けるはずだ。
今後、吉村知事の発言にあるように、SNS等の効果から来場者数が増加し、入場料収入が想定以上に確保されることによって、当初懸念されていた運営費の赤字が回避される可能性もないわけではない9。そのような形で懸念が杞憂に終わることは歓迎すべきことである10。
もっとも、仮に収支面で黒字となったとしても、ここまでの経緯を通じて責任の所在が曖昧なままであったことは事実として残る。この構造的な不明瞭さに対する省察は、将来の大型国家事業の企画・実行プロセスにとっても意義深いはずである。
祝祭のにぎわいのなかで立ち止まり、その背後にある構造を見つめ直すこと。それもまた、未来へのレガシーの一部になるのではないか。
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² 記念貨幣は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第5条第2項により、内閣の閣議決定を経て、国家的記念事業として発行される。このため、一般的には、国民がこぞってお祝いするような事柄(皇室の御慶事、国家的事業の完成等)や国際的な行事(オリンピック、万国博覧会など)が挙げられる。(財務省)
同法第五条 (貨幣の種類)貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。
2 国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする。
3 前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣(以下この項及び第十条第一項において「記念貨幣」という。)の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める。