相続の話題は、家族にとってデリケートで避けられがちなもの。しかし、準備不足のままそのときを迎えた結果、遺産をめぐって「深刻な争族」に発展するケースが少なくありません。なかでも特に多いトラブルのひとつが、親の介護を巡るきょうだい間でのトラブルです。相続トラブルの原因と揉めないためのポイントについて、具体的な事例をもとにみていきましょう。株式会社FAMOREの山原美起子CFPが解説します。
全部お前が悪いんだ…資産価値6,000万円の実家を「どうしても現金化したい」 48歳妹に、60歳長男が怒りのひと言。骨肉の相続争いに終止符を打った“まさかの来客”【CFPが解説】
実は、お渡ししたいものが…兄妹に手渡された「1冊のノート」
「もしもし? こちら、柳様のご自宅でお間違いないです? 俳句教室でお父様に生前お世話になった、佐藤明美と申します。このたびはご愁傷様でした……お線香をあげさせていただけますでしょうか」
突然の来客に戸惑う兄妹ですが、断ることはできません。
「はい……どうぞ」
美咲は明美さんを仏壇へと案内しました。
「体調を崩してしまって、葬儀に出られなくって……遅くなってしまってごめんなさいね」
父の遺影を見つめながらそっと涙ぐんでいる姿を見て、「きっと生前、父はよくしてもらったんだろうな」と、美咲は察しました。
「……実はお2人に、お渡ししたいものがあって参りましたの」
時間をかけて手を合わせたあと、明美さんは、カバンから1冊のノートを取り出しました。
「お父様の俳句帖……私がお預かりしていたんです」
手渡されたノートには、亡き父の美しい筆跡で「俳句帖」と書いてあります。なんの気なしにパラパラとめくっていた健太の手は、最後のページではたと止まりました。
『健太には世話になって、心から感謝している。万が一のときは家と墓を託そう。美咲のためにも実家を守ってもらいたい』
『美咲には、自由に使えるお金を残してやりたい。嫁ぎ先での苦労もあるだろう』
父は2人の子どもに対して、遺言のようなものをのこしていたのです。
「これって、遺言……?」
健太が尋ねると、明美さんは言いました。
明美さん「私もそう思って知り合いの弁護士に聞いてみたんですけれど、名前や日付が入っていないしハンコもないから、正式な遺言書としては使えないんですって。
ただ、先生は俳句教室のとき、いつもご家族のことを話されていましたよ。『うちは頼りになる息子がいるから安心だし、わがままだった娘も立派な母親になった。孫にも恵まれて、俺は幸せ者だ。自分がいなくなったら兄妹で仲よく助け合ってほしい』って……。ですから、ここに書かれているのはきっと、お父様の正直なお気持ちだと思います」
初めて知る父の思いに、美咲さんは思わず涙。凍りついていた2人の心は、明美さんのおかげでしだいに温かくなっていきました。
健太「親父、そんなこと思ってたのか」
美咲「知らなかった。いまの私たちを見たら悲しむかな……」
その後改めて話し合った2人は、父の遺志を尊重し、長男が実家、長女が現金を相続することで合意。遺産分割協議を終えました。
健太「そういえば美咲に子どもが生まれたとき、親父が泣いて喜んでたのを思い出したよ。それだけでも十分親孝行だよな……お前の立場も理解できずに俺が悪かった」
美咲「ううん、私こそ浅はかだった。明美さんには感謝してもしきれないわね」
健太「ほんとだな」
父ののこした「俳句帖」を介して、兄妹仲は修復に向かったのでした。