〈登場人物〉

・健太(仮名・60歳)……柳家の兄。独身。長年実家で両親と同居しており、母亡きあと、1人で父の面倒をみてきた。

・美咲(仮名・48歳)……柳家の妹。実家とは離れた都心部のマンションで夫と息子と暮らしている。

私にも苦労があるの…亡き父の遺産をめぐり争う兄妹

「親父の貯金は2,000万円ぐらいだから、折半ってことでいいよな」

父の四十九日法要を終えたあと、兄妹2人きりになったところで、柳健太さん(仮名・60歳)は遺産分割について切り出しました。

「ええ、まあ……いいわ。あとはこの家をどう処分するかね」

妹の美咲(仮名・48歳)は、事務的に答えます。

「処分? なに言ってるんだ。家はこのまま、俺が相続する」

当然のように話す兄に、美咲は驚きを隠せません。

美咲「冗談でしょ? この家、6,000万円ぐらいの価値があるのよね。その半分をもらう権利は私にもあるはずよ」

 

健太「先祖代々受け継がれてきた家だぞ? 嫁に行ったお前にはわからんだろうが、この家には6,000万円以上の価値がある。それに、母さんが亡くなってから、俺1人で親父の面倒を見てきたんだ。それなりの財産をもらう義理はあるだろう」

 

美咲「たしかに介護は任せっきりだったけど……。でも、それって同居している長男の役目でしょ」

美咲さんは、多少の後ろめたさがあるのか、早口でまくし立てるように言いました。

美咲「独身のお兄ちゃんにはわからないだろうけど、私にも相当の苦労があるの。パートをしながら夫を支えて子どもを育てて。ここに帰省する費用のやりくりだって大変だったのよ。春から大学に入った息子の教育費もバカにならないし、夫の両親の介護も考えなきゃならない。自分の老後も不安だし……。

 

はっきり言うけど、預金2,000万円とこの家、全部私が受け取ってもいいと思ってるくらいよ。どうせ無理だろうから、せめて半分。家族がいるんだもの、それぐらいの配慮はしてくれていいわよね? それに、長男だから家をもらうって考え方は時代錯誤も甚だしいわ」

妹の身勝手な発言に、普段は寡黙な兄も堪忍袋の緒が切れました。

健太「介護を丸投げしておいて遺産は全部くれだと? ……お前、いい加減にしろよ。これまでも留学だの、結婚式だの、新居だのって、父さんや母さんに散々甘えてきたじゃないか。お前はそれで、なにか親孝行らしいことしたのか? 預金は半分やるって言ってるんだから、それで満足しろよ。取り分が少ないのは、金の無心ばかりで不義理をしたお前が全部悪いんだ!」

日頃からたまっていた妹への不満が爆発し、話し合いは決裂……そう思ったときでした。

――ピンポーン

インターフォンの前に立っていたのは、着物姿で品のある高齢の女性でした。