年金収入だけではゆとりのある生活が難しいいま、老後への備えは必須です。ただ、定年直前に焦って準備を始めると、取り返しのつかない事態に陥ってしまうことも……。貯金と退職金で「老後は安泰」だと信じていたサラリーマンの事例をみていきましょう。神戸・辻本FP合同会社代表の辻本剛士氏が解説します。※プライバシー保護のため、登場人物の情報は一部変更しています。

悔しい…〈年収750万円・貯金2,000万円〉定年直前の59歳サラリーマン、同僚の“余計なお世話”が招いた大惨事。たった半年で貯金の半分を失ったトホホな理由【FPが警告】
“多額の評価益”は人から冷静な思考を奪う
陽介さんは先物取引によって最終的に1,000万円もの資産を失いました。これは決して珍しいケースではなく、特に投資経験の浅い人がリスクの高い商品に手を出した場合に起こりやすい失敗です。
本事例の最大の問題点は、十分な知識を持たないままリスクのある運用方法を選択してしまったことでしょう。
陽介さんは
・日経225先物に集中投資
・1,000万円超の資金を一括投資
と、いずれもリスク管理の面で問題があります。投資の原則は、「長期・分散・積立」です。
金融庁の公表した資料によると、毎月一定額を国内外の株式や債券に積立投資して20年間以上運用した場合、1989年以降のデータでは元本割れがなかったと報告されています。
つまり、長期にわたって資産運用すれば、短期的な市場の変動に影響されにくく、安定した収益を期待できるのです。
さらに、陽介さんが選んだ「先物取引」は特にリスクの高い投資商品です。
先物取引とは、決められた期日に事前に決めた価格と数量で商品の売買を行う取引のこと。先物取引には、「商品先物」と「金融先物」の2種類があります。
「商品先物」は、原油、トウモロコシ、大豆、金、白金、電力など、実際の商品を対象とした取引のことで、一方の「金融先物」は、日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)、債券など、金融商品を対象とした取引のことをいいます。陽介さんが行っていたのは、この金融先物取引(日経225先物)です。
先物取引の最大の特徴は、「レバレッジ(証拠金取引)」を利用できる点です。
「レバレッジ」の“落とし穴”
レバレッジとは、少ない資金で大きな取引ができる仕組みのことをいいます。
たとえば、通常の株式投資では100万円の資金があれば100万円分の株しか買えません。しかし、先物取引では証拠金(担保となる資金)を差し入れることで、実際の資金の10倍以上の取引ができることもあります。つまり、10万円の証拠金で100万円分の取引ができるため、少ない資金でも大きな利益を狙うことが可能です。
ただし、レバレッジを活用することで利益が増えやすくなる一方、損失も大きくなる可能性があります。
今回の陽介さんのケースでは、相場が好調なときは800万円の含み益が出たものの、急落時には1,000万円の損失が発生しました。このように相場の変動が激しい先物取引では、予想が外れると大きな損失を被る可能性があります。
先物取引は短期間で大きな利益を狙える反面、損失も非常に大きくなるリスクの高い取引です。そのため、基本的には金融知識が豊富で、リスク管理ができる投資経験者向けの取引といえます。
陽介さんのように、投資経験の浅い方がいきなりレバレッジのかかった商品に手を出すと、短期間で大きな損失を出してしまう危険があります。
繰り返しになりますが、投資の経験が浅い方は、まずはNISA(少額投資非課税制度)などの税制優遇措置を活用しながら、「長期・分散・積立」を基本に資産運用を行うことが重要です。