年金の繰下げ受給により、より豊かな老後を目指すご夫婦もいるでしょう。しかし、配偶者との死別後も繰下げを続けることで、思わぬ不利益を被るケースがあることをご存じでしょうか。この問題については、厚生労働省でも制度見直しの検討が始まっています。今回は、妻の死後も70歳まで年金受給を先延ばしにした佐藤さんの事例とともに、遺族年金受給権による繰下げ制度の「落とし穴」について、CFPの松田聡子氏が解説します。
年金繰下げで〈月19万円〉が〈月27万円〉に増えると思っていたのに…病に倒れた妻を看取った70歳元会社員、年金事務所が告げた想定外の事実に愕然「5年も待ったのに、たったこれだけ?」【CFPの助言】
遺族年金と繰下げ受給の見落としがちな関係
遺族年金と老齢年金の繰下げには、多くの人が見落としがちな重要な関係があります。遺族年金の受給権が発生した時点で、老齢年金の繰下げ増額率は固定され、それ以降の増額はできなくなります。 これは、実際に遺族年金を請求するかどうかに関係なく適用されるルールです。
佐藤さんの場合、妻が亡くなった2020年4月時点で遺族年金の受給権が発生しました。この時点で、佐藤さんは65歳からちょうど12ヵ月経過しており、繰下げ増額率は8.4%(0.7%×12ヵ月)で固定されたわけです。
65歳以上で老齢厚生年金を受け取る権利がある場合、老齢厚生年金は全額支給となり、遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額が支給停止されます。遺族厚生年金の額が老齢厚生年金より低い場合は、遺族厚生年金が全額支給停止となるのです。
佐藤さんの場合は、自身の老齢厚生年金のほうが遺族厚生年金より高額だったため、遺族年金の受給権が発生した66歳時点で遺族厚生年金は全額支給停止となります。これはあくまで年金の支給調整であり、遺族年金の受給権自体が消滅するわけではありません。
よって、佐藤さんが繰下げ待機を続けても、それ以上の増額は期待できないのです。
しかし、佐藤さんは遺族年金を請求していないので、繰下げによる増額は続くと思い込んでいました。そのため、実際には増額は停止されていたにもかかわらず、70歳まで老齢年金の受給を先延ばしにしてしまったのです。
70歳から年金を受け取る場合、繰下げ待機で受け取らなかった年金はどうなるのでしょうか。未請求の年金については、最大5年前 までさかのぼっての請求が可能です。佐藤さんの場合は、70歳での請求時(2024年4月)から受給権が発生した2020年4月までが5年以内に収まるため、未受給分をすべて受け取れます。
しかし、もし請求がさらに遅れていれば、5年を超えた分は時効により消滅し、本来受け取れるはずの年金を受け取れなくなっていた可能性もありました。
このように、遺族年金の受給権発生は、繰下げ受給に大きな影響を与えます。配偶者との死別後は速やかに年金事務所に相談し、自身の年金受給について最適な選択を検討する必要があります。特に繰下げ受給を選択している場合は、配偶者の死亡が年金額に与える影響を必ず確認しましょう。