世界中で議論されている気候変動問題。近年は日本も猛暑日が増加しており、身近な問題になりつつある。気候変動リスクへの対応として、洪水保険や火災保険等の活用が考えられる。気象災害の頻発化を受けて、保険にさまざまな影響が及びつつあるという。本稿では、ニッセイ基礎研究所の篠原拓也氏が、詳しく解説する。
「気候変動」が保険活用へ与える影響。保険の“3つのA”はどのような影響を受けるか (写真はイメージです/PIXTA)

アメリカでの“3つのA”に対する取り組み

続いて、こうした“3つのA”に対する政府や保険業界の取り組みについて見ていこう。

 

リスク軽減策を保険料割引や補助金支給等のインセンティブとして用いることも

アメリカでは、消費者が負担可能と考える保険料水準と保険会社が必要と考える保険料水準の間の大きなギャップを埋めるための方法として、保険料割引や補助金支給等がリスク軽減策のインセンティブとして用いられている。

 

1.連邦レベルの保険料割引のインセンティブ

一般に、リスクの軽減を地域全体で取り組むことによって、負担可能性を高めることができる。取り組む地域が広いほど、負担可能性を向上させることができる。


連邦洪水保険を例にとる。洪水保険には、コミュニティ・レーティング・システムと呼ばれるコミュニティ単位で保険料の割引を行う制度がある。コミュニティの参加は任意だが、最大で45%の割引が受けられるため、1500以上ものコミュニティがこのシステムに参加しているという。


このシステムでは、さまざまなリスク対策がポイントとして評価される。例えば、「氾濫原のマッピング」として、洪水保険調査で詳細にマッピングされていない地域について、新しい洪水の標高、水路の描画、波高、またはその他の規制上の洪水ハザードデータを作成する。より制限の厳しいマッピング規準を設定する。」といったリス取り組みを行うと、最大で850ポイント(平均78ポイント)が付与される。そして、ポイントの合計が500ポイント増えるごとに保険料の割引が5%ずつ高まる。


コミュニティは、リスク対策をとればとるほど保険料が割り引かれることとなり、有効なインセンティブとなっている。


2.州単位での補助金支給等のインセンティブ

これとは別に、州単位でインセンティブを設定しているケースもある。レポートによれば、次表のような、極端な気象現象に対する住宅のレジリエンス(回復力)を高めるためのインセンティブがいくつかの州で提供されている。筆者の私見ではあるが、補助金等を支給する代わりに、その財源を洪水リスク保険等の保険料の一部に充てることも考えられる。

 

建築基準の改正の検討や危険地域からの撤退も進められている

1.建築基準の改正

通常、建築基準の変更は、建物の再設計を行ったり、建築に異なる材料を使用したり、異なる施工方法を適用したりするなど、建設会社に追加の費用負担を求める形となる。そしてそれは、将来的には消費者に転嫁されるものと考えられる。


一般に、何らかの理由で、基準の変更に反対する声が地域住民から出てくる。そのため、実際には、変更を地方や州レベルで可決させることは難しいことが多い。仮に、「いまはまだ生じていないが、気候変動問題によって将来起きるかもしれない被害を、未然に防いだり軽減したりするために建築基準を変更する」といった取り扱いを行うとなれば、この問題はより困難さを増すものとみられる。


2.危険地域からの撤退

コミュニティが、自ら率先して住民の撤退プログラムを求めているケースがある。有名なものとして、ニュージャージー州で行われている「ブルーエーカープログラム」が挙げられる。これは、河川の氾濫原地域に住む住民から土地を買い取って、オープンスペースとして市民のレクリエーション等に役立てる。ハリケーン等により河川の氾濫リスクが高まった場合には、この土地がリスクの緩衝の役割を果たす。土地買取りの促進のために、連邦政府から資金提供などが行われている(※)

 

(※) 不動産の売り手には譲渡料、不動産税、不動産業者への手数料はかからない等、コスト面のメリットも設定されている。

 

また、連邦政府の再建政策にも変化が生じている。FEMA(米国連邦緊急事態管理庁)は、繰り返しの損失や50%以上の損傷を受けた家を再建するための資金を提供しないようになっている。家の所有者がFEMAやHUD(住宅都市開発省)の資金を使って撤退した場合、残された土地に建設することはできず、自然に戻さなければならない、とされている。