マグロ漁船というと、借金で首が回らなくなった人が無理やり乗せられる“借金の末路”のようなイメージを抱く人も少なくないでしょう。しかし、両親の借金5,000万円の返済を助けるため、17歳にしてマグロ漁船員になった菊地誠壱氏によると、どうやらそうでもないようです……。菊地氏の著書『借金を返すためにマグロ漁船に乗っていました』(彩図社)より、詳しくみていきましょう。
「マグロ漁船=借金返済の最終手段」は誤解?…マグロ漁船に“街の荒くれ者”が集まるほんとうの理由【実体験】
死と隣り合わせの日々…マグロ漁船の「日常業務」とは
英雄さん、安広くんとマグロ漁船に乗り、だんだんと仕事を覚えてきました。やはり仲のいい先輩がそばにいると覚えられるものですね。スナップ外しもできるようになり、今までにない優越感や達成感が込み上げてきて、仕事も純粋に楽しいと思えるようになってきました。
しかし私は給料8分の1年生※なので、当面の目標は一人前の称号をもらうことだと強く意識していました。
※マグロ漁船ではオールマイティにあらゆる仕事をこなせないと一人前と認められず、何かできない仕事があるうちは半人前とされる。半人前の間は給料が8分(8割)しかもらえない。
マグロ漁船には多種多様な仕事があるので、スナップが外せるからとかブラン手繰りができるからといって決して誇れるようなものではありません。まだまだ覚えることはたくさんあります。
マグロ漁船の仕事で基本となる作業にはいろいろあります。
まず投縄の仕事として、餌投げ(餌掛けとも言う)、スナップ掛け、ブラン出し、餌出し。
揚げ縄の仕事としては、ブラン手繰り、スナップ外し、魚引っ張り、鉤掛け、魚の解剖、三枚下ろし、縄刺し、縄の傷チェック、ハンドル、ヤマ、ブラン包み……。
これくらいの仕事は最低限覚える必要があるので、そんなに簡単には一人前になれません。一人前になるには数か月は働かないといけないと思います。
やり方さえ覚えてしまえば、スナップ掛けなんかは簡単で楽な仕事です。
投縄のとき、機械で海に流している幹縄にスナップを掛けていきます。ピッと音が鳴るので、基本はその音に合わせて掛けます。餌投げの人が投げたのを見てからスナップを掛けるので、餌投げに合わせてタイミングを調整します。これだけ守れば大したことはないです。
だいたいスナップ掛けのあとは休憩のためにサロンに降りて、コーヒーとタバコで数分一服します。
ブラン出しの仕事は、餌投げとスナップ掛けの人が作業しやすいよう、テーブルの上に包んだブランを解いておくだけです。縄のもつれが上がり、縄を出す繰出機に絡まって動かなくなったら、いち早く無線で「ストップ! ストップ! アスタンアスタン」と船頭に報告するのもブラン出しの仕事です。アスタンとは「後ろに下がれ!」という意味です。
ブラン出しの担当はいつも身軽に動ける状態にしておく必要があります。餌出しの人がいないときは代わりに餌を並べたり、その他いろいろ動き回ったりしますが、基本的には楽な仕事です。
餌出しはそのまま、凍った餌を溶かして並べる仕事です。餌がカチカチに凍っているのである程度砕いて溶かします。
決まった枚数の仕掛け(仕掛けは1枚、2枚と数えます)を投入できたら、目印としてラジオブイを入れます。ラジオブイは信号を出すので、縄が切れた時の捜索に使います。このブイはかなり重いので、海に入れるときは少し怖いです。スナップ掛けと餌投げの人がブイのスナップを掛けたのを見たら、「せーの! レッコ!」と言いながらドボーンと入れます。海に入れたらもうやり直しはできないので、しっかりタイミングを合わせます。
ちなみにレッコとは投げると言う意味です。ちょくちょく使われますので面白いです。「投げろ!」よりはレッコのほうが言いやすいし作業もしやすいと思います。マグロ漁船はこうした業界用語がたくさん出てくるので、最初のうちはとても不思議でした。
投縄の仕事で一番難しいのは餌投げで、初心者のうちからできるような仕事ではありません。私はこの餌投げが大好きなのですが、難しいからこそ達成感や優越感があります。力は要らないので、テクニック次第だと思います。
餌出しの人が餌投げの人のために餌を並べてくれます。その餌を針に引っ掛けて、餌を投げます。自分が投げたところにマグロが掛かってくれれば嬉しいですね。
しかし、覚えるまでには時間のかかる仕事です。作業自体は単純ではあるのですが、危険なこともあります。自分の斜め後ろに向かって投げるのですが、餌投げのときに投げた餌が針から外れて飛んでいってしまうと、その針が船にチャリンと乗ってしまうことがあるので危険です。
そのとき、針の反対側にある仕掛けのスナップを、スナップ掛けの人が縄にかけてしまったら、海に流している縄に引っ張られ、針が船に引っかかってビーンと張ります。大怪我の元になるので、「危ねえ、離れろ! 出刃包丁で切れ!」と言われます。あるいはブリッジにいる船頭に無線で「ストップ! ストップ!」と言わなければなりません。その針が餌出しの人の頭上に飛んで行ったら……なんて考えると怖いです。
応用もある程度利くようにならないと餌投げの仕事は難しいので、リスク回避が重要になってきます。最初は怖くて餌の魚を持つ手が震えました。
誰かが1つ間違えば、途端に船内がパニックに陥るのがマグロ漁船の仕事なのです。
菊地 誠壱
元マグロ漁船員/Youtuber
