年金受給を先送りする場合、増額された年金を一生涯受取る繰下げ受給のほか、さかのぼって年金を一括受給するという方法もあります。さかのぼって一括受給する方法は、2023年の法改正により利用しやすくなりましたが、実は見逃せない弊害も。本記事では、Aさんの事例とともに年金のさかのぼり受給の注意点について、オフィスツクル代表の内田英子氏が解説します。
69歳独居父、息子一家の正月帰省を心待ちにしていたが…「900万円貸して」まさかの告白に狼狽。「老後資金には手を出したくない」苦悶の末“年金事務所”で調達できたワケ【FPが解説】
900万円を「年金事務所」で調達できたワケ
Aさんは結局、息子が自宅を売却後、一括返済することを条件に借用書を作成し、900万円を貸しました。しかし、Aさんのライフプランは崩れてしまったのです。Aさんは年金繰下げを取りやめ、年金のさかのぼり一括受給という方法をとることで900万円を調達することにしたためです。この決断により、Aさんは年金額を増やせなくなってしまいました。
原則65歳から受け取る公的年金は、受取りを先延ばしすることができます。年金の受給時期を先延ばししていたAさんが、息子から相談を受けた時点で利用できる年金の活用方法は以下の2つ。
・年金をさかのぼって一括受給し貸出資金に充てる
繰下げ受給は、年金額を増やせる先延ばし方法で、最長75歳まで先延ばしできます(※昭和27年4月1日以前生まれの方は70歳まで)。年金の繰下げ請求を行った日の属する月を基準とし、1月あたり0.7%年金が増額されます(額面金額)。Aさんのもともとの年金額は月約18万3,000円の予定でしたから、70歳になった時点で繰下げ請求をすれば1.42倍の約25万円の年金を受け取れるようになる予定でした。
しかし、Aさんが繰下げ請求をすれば、息子に貸す資金は自前の資金を取り崩す必要がありました。Aさんの手元にあった資金は約1,000万円でしたから、息子に貸す金額をまかなうことはできそうでしたが、売却後一括返済してもらうといっても、いつ売却できるかはわかりません。また、息子夫婦は住宅取得の際、資金のほとんどを使い果たしており、そのほかの財産がほとんどない様子でしたから、Aさんに返済をしたあと、養育費を払いながら新生活をスタートするには大変な思いをするだろうということが容易に想像できたといいます。
一方、年金をさかのぼって一括受給すれば、約1,100万円をまとめて受け取ることが見込めましたから、多少の資産の足しになりそうでした。こうした理由から、Aさんには資産を取り崩して息子に貸すという選択はなかったそうです。