「これが本当にうちの家?」変わり果てた実家の現実

父の訃報を受け、Aさんは急いで実家に向かいました。久しぶりに立つ玄関の前。鍵を開けた瞬間、思わず息を止めました。

カビと湿気が混じった、重たい臭い。家の内外にはゴミや不用品が溜まり、廊下の床は脱ぎ散らかされた汚れた衣服で埋まっていました。

「……これが本当にうちの家なの?」

変わり果てた実家の様子を前に、しばらく呆然としていました。「必要なものをそろえて、まずは病院に向かわなくちゃ」我に返り、家中を探して回るAさんの脳裏には、子どものころ過ごした実家の風景が浮かんできます。奥へ進むほど、やはりここは“我が家”なのだという確信が強まり、同時に悲しさも込み上げてきました。

「……まさか、こんな状態で暮らしていたなんて」Aさんは胸が締めつけられました。

「修理できたはず、通院できたはず」畳の下の400万円

父が亡くなったのは、自宅でした。倒れているところを近所の人が発見したといいます。Aさんがその後、近所の人から聞いた話では、雨の日には天井が雨漏りして、「修理したほうがいいよ」と声をかけると、父はこう答えたそうです。

「年金がないから無理だ。いいんだこのままで」

(年金がないはずないのに……)話を聞いたとき、Aさんは疑問を抱きました。さらに、父には高血圧と心臓の持病があったにもかかわらず、半年以上通院していなかったことも判明しました。

遺品整理を進めるなかで、Aさんはさらに言葉を失う出来事に直面します。足で踏んだ畳の感覚に違和感を覚え、畳を外してみたところ、畳の下から新聞紙に包まれた札束が出てきたのです。それも一つではありませんでした。同じように包まれた束がいくつもみつかり、集めて数えてみると合計で400万円。

「……お金、あったんじゃない」

雨漏りも、修理できたはずでした。通院だって、できたはずです。そう思った瞬間、怒りとも悲しみともつかない感情がこみ上げ、Aさんの手は小さく震えました。