(※写真はイメージです/PIXTA)

2024年、厚生労働省・財務省をはじめとして、医師偏在対策を本格始動することになりました。9月には医師少数地域での勤務・開院などへの基金を約900億円の予算計上したうえで、医師過剰地区での開業の制限(管理者要件)として初期救急・公衆衛生業務従事などの条件を設定。初期臨床研修後、すぐに自由診療(美容医療)へのキャリアを抑制する方策を打ち出しました。ただし、現在の医療保険・医療制度のもとでは、医師偏在対策としては「焼け石に水」の感が拭えません。新臨床研修制度が開始された2004年前後から実情を見ていきましょう。本連載は、コスモス薬品Webサイトからの転載記事です。

2004年に制定された「新臨床研修制度」

2003年以前は、多くの医師は出身大学、あるいは他大学の診療科医局に入局して研修をはじめ、キャリア形成をスタートしていました。また、多くの医局も地方の関連病院に「医局人事」による医師派遣機能を有しており、それが地域における医師不足の予防となっていました。

 

2004年には「新臨床研究制度」が制定・導入されましたが、大学病院での研修を疑問視した卒業生たちは、ほかの地域基幹病院などでも研修医募集が始まったことで、キャリア形成という視点から、より情報が多く、勤務条件・立地もよい都市部や郊外の基幹病院、一部の大学病院を選択するようになりました。

 

結果、とくに地方の大学病院医局は新規入局者が激減。地域医療機関に派遣していた若手医師を大学などに呼び戻すことになり、地域の医療機関が医師不足に陥るという事態を引き起こし、機能不全となったのです。

 

一部の診療科、とくに外科・産科・小児科などの一部特定診療科の医師不足により、緊急を要する患者がたらいまわしにされ、死亡事故なども増加しました。

医師数増加に舵を切った厚生労働省

こうした状況を見かねた厚生労働省は、1学年100名の定員の医学部を110~120まで許可し、医師国家試験の合格率を90%超とするなどの医師供給体制をとり、従来の見解から方針を変更しました。

 

しかし、残念ながらこの政策は逆効果となり、2016年から2020年で医師数は増加したものの、診療科や地域などの医師の地域偏在はさらに加速。問題となる「偏在化」の状況はますます悪化したのです。

 

そのため、政府は「規制を含めて、前例に囚われない方法で問題を解決する政治的リーダーシップが必要」と強調し、2024年6月に閣議決定された「骨太の方針」に医師偏在を解消することを包括し、これとは別に医師偏在対策を議論する検討会を開催しました。

政府の対策

2024年には、財務省が「地域別1点単価変化」として、医師不足の地方の診療報酬単価を介護保険のように変動制にして引き上げることを提言しました。好待遇を求めた医師が地方勤務するとの見立てもありましたが、同時に患者の負担も増加することから、より単価が低い都市部に患者が集中するという懸念があり、中止となりました。

 

以前も、大病院への患者集中を避けるために、基幹病院の外来の診療報酬を下げた結果、選定療養費を除けば基幹病院のほうが自己負担は軽減されるという認識から、診療所より病院に患者が流れるという想定外の事態もありました。

 

このような状況から、政府主体のみの政策では医師偏在の抑制は困難と考えられ、日本医師会などの協力体制は必須といえます。

2024年4月から開始された医師の「働き方改革」

病院勤務医では、月間80時間以上、年960時間以上(医療機関により1920時間など上限は異なる)の時間外勤務が抑制されることになりました。この目論見は、医師の働き方改革と合わせ、「医師の偏在対策」「地域医療構想」を進めたものです。

 

しかし、医師たちは、基幹病院や大学医局での公式なパート勤務・派遣勤務や、さらにはスキマ時間での地域病院の診療も行えなくなりました。そのため、地域の医療提供体制は大きく縮小せざるを得なくなりました。

 

これは、医師偏在是正の根本的な対策を置き去りにした「働き方改革」の断行によるもので、地域医療はさらなる存続の危機へと陥りました。地域での医師勤務が不可能となった制度上の問題点が浮き彫りになったかたちです。

美容医療(自費)への進路

この2年間の医師の診療科選択で、外科・産婦人科に始まり、プライマリケアの根幹となる内科も減少しましたが、もっとも問題視すべきは、すぐに美容医療に進む医師の増加です

 

政府もその部分に規制を設ける見込みで、適切な美容医療の維持の観点や、本来あるべき医療体制維持に対しては一刻も早い施策が必要だといえます。実際にこの2年間、医師3年目の診療科決定で美容医療に進むものは33%と著増し、年間200名以上は大手美容クリニックなどに就職している状況です。これは、厚生労働省による専門研修の「シーリング」によって、診療科や地域の定員コントロールの前提が崩れてしまうからです。

 

しかし一方で、臨床研修の2年間では美容医療のニーズを満たす知識・スキル等は不十分であり、また、学会などの制約や専門医制度もないため、その後のキャリアで路頭に迷う医師の増加も懸念されます。

都心の新規形態の開業

政府や日本医師会においても、医師過剰地域となる都心部での開院での管理者要件として、夜間・休日の一次救急・予防接種や健診などの公衆衛生活動・一定期間の医師不足地域での勤務を設ける見込みです。

 

それに先駆け、都心部では「グループ診療」として複数名の非常勤医師を集め、365日開院するプライマリケアクリニックが増加傾向です。この管理者の多くは外科系(消化器外科・脳神経外科・心臓外科など)が多く、4年間の専門医研修を修了してメスを置き、利便性を求めたクリニックを展開しています。

 

前述の管理者要件はクリアできるため、都心部ではこのパターンによる開業の増加が見込まれます。実際に、コロナをはじめとした感染症診療、性感染症などにも取り組んでいるところが多くあります。

医師以外の進路への増加

以前は、医学部卒業後は臨床医・研究医が多かったものですが、近年では医療ベンチャーやビジネスを立ち上げるなど、起業を選択する医師も多くなりました。理由として、初期研修の間で垣間見た後期研修の3~4年の厳しさや、コストパフォーマンス不良を考えた進路決定があります。

 

しかし、厚生労働省をはじめとする政府は、この進路に関しては前述の美容医療のような規制をしておらず、今後は増加が予測されます。

新規開業制限と法律

クリニックの新規開業を制限した場合、他業種との整合性や憲法で保障される「営業の自由」に抵触する恐れがあるため、その施策には踏み込めない現況があります。

 

同時に、開業制限は日本が誇る「国民皆保険」の維持や整合性に反するため、保険診療の理念遂行上では実質不可能となりえます。

 

そしてまた、新規クリニックの参入抑制は、既存のクリニックへの競争原理が働かないため質の低下が懸念されますし、かといって新規開業制限を設ければ、いわゆる「駆け込み開業」や開業後の「休眠」などの懸念も生じます。

 

これらのことを見てもわかるように、状況は非常に悩ましく、検討すべき課題は山積している状況にあるといえます。

 

 

武井 智昭
株式会社TTコンサルティング 医師