「人生100年時代」と呼ばれるようになった現代ですが、100歳まで生きたいと思っている人はどれぐらいいるのでしょうか。調査の結果、日本人の多くは80歳くらいが人生の長さにちょうどいいと考えているようです。そこで本記事では、権藤恭之氏による著書『100歳は世界をどう見ているのか』(ポプラ社)より一部抜粋し、長寿に対するアンケートをまとめた興味深いデータのほか「年をとること」の本質的な考え方についてご紹介します。
人は小さな変化に気づきにくい
「なりたくない」としても、現実にはその年齢に達する可能性があるわけですし、その時にどういう生活をしてどんな気持ちでいるのかをイメージしておくことは大切なことだと思います。もちろん、人生を想像するのはなかなか難しいことです。
私の教えている大学院の授業で、学生に「どんな人生を送ると思うか」と聞くと、「大学院を卒業して、仕事に就いて、結婚をするかもしれないししないかもしれない、家を買って犬を飼っているかもしれない、子どもが生まれるかもしれない」といったことを話してくれます。
では、その後に何が出てくるかというと、いきなり「死ぬ」という話になる。その間はもうほとんど何も想像もできない、暗黒があるのです。仕事に就いて、家族の形が変わり、しかしその後のイメージがほとんどない。もしかしたら介護を受けている人たちのイメージが強すぎるのかもしれません。
年を取るには長い時間がかかります。長い時間の中で楽しいこと悲しいこと、さまざまな経験を積み重ねます。小説や映画などでも、死んでいくプロセスを描いたものは多くありますが、老いていくプロセスを描いたものはまだまだ少ないのではないでしょうか。
自伝的記憶で20代〜30代ぐらいの記憶が多いのは、新しくいろいろなことを経験する時代だからという説があります。確かにその後はあまり新規な出来事は少ないかもしれません。確実にさまざまな経験を積み重ねているはずですが、その歩みが遅いから気がつきにくいだけなのです。
昔、調査で通っていた老人ホームで、とても汚いぼろぼろの眼鏡をかけている女性がいました。汚れていて、眼鏡の前と耳にかける横の部分(つる)が取れていたのでしょう、セロハンテープでぐるぐる巻きにしていました。気になった私がその女性に「その眼鏡は見えますか?」と尋ねると、彼女は「この眼鏡は私に合っていて、よく見えるのです」と答えました。
私はどんな眼鏡か気になったので眼鏡を見せてもらいました。すると今度は反対に、彼女が私の眼鏡を貸してほしいというのです。彼女は私の眼鏡を手に取ってかけるなり、「すごくよく見える‼」と叫んだのです。彼女の眼は徐々に見えにくくなっていたのだと思いますが、日々少しずつの変化だったので気がつきにくかったのでしょう。このようにゆっくりとした営みは小説にも映画にもしにくいですね。
結果として私たちは、年を取ることについて触れる機会が少なく、知識が増えないでいるのかもしれません。
ポジティブなイメージが長寿を促す
100歳の人たちの話を聞き、100年の人生をイメージすることは私たちが老いを理解するために非常に重要なことだと思います。なぜなら、先に述べたような長生きに対する否定的な見方は、将来的に国民の健康に悪影響を及ぼす可能性があるからです。
「ステレオタイプ身体化理論」として知られる最近の加齢理論では、個人が持つ高齢期・高齢者に対するステレオタイプが、加齢プロセスに肯定的・否定的な影響を与えることが示されています。たとえば、日本人を対象とした研究では、19年間同じ人たちを追跡したデータから、若い時に加齢に対してポジティブな態度を持っていた人たちは、ネガティブな態度を持っていた人たちと比較して4年長生きだったと報告しています。アメリカの研究ではその差はもっと開きます。
超高齢期の人たちに対するネガティブなステレオタイプの表れともいえる「100歳まで生きたくない」人の比率が高いことから想像すると、そのような考え方をする人が多いと健康度が下がりやすかったり早死にしたりする可能性もあります。平均寿命は延びていくのですから、ポジティブなイメージを持って、少しでも元気な期間を延ばしたいものです。
老年心理学者
権藤 恭之