どうせなら、楽しく年をとりたいですよね。医学博士の大島清氏は著書『“円熟脳”のすすめ 脳を活性化させて健康で長生き』で、「人生の後半は、自分の脳をいかに円熟させるかにかかっているのです」と言います。一体どういうことでしょうか? 詳細を本書から紹介します。
脳は、年をとってからでも鍛えられる
生き物としてのヒトは、年をとると諸器官が老化していくことからまぬがれることはできません。肺、心臓、肝臓、腎臓、筋肉等々、どんな器官も年をへるにしたがってしだいに老化し、その機能を低下させていきます。人間の体にとって不老長寿の妙薬というのは、いまだ存在していません。
ただ、そうした人間の体のなかで、二つだけ、若返りが可能という例外があります。一つは血管です。血管は、日常生活を注意深く過ごしていけば、いつまでも若い状態に保てます。油ものを摂りすぎないようにし、多すぎる塩分にも気をつけ、かつ、年齢そうおうの運動を毎日続けていけば、血管が衰えるようなことはまず起きません。
また、血管がある程度老化してもろくなっても、毎日の食事に気をつけ、持続的に適度な運動を行なえば、血管を若返らせることができます。循環器系の病気を防ぐには、食事と運動が大事だといわれるのはそのためです。
もう一つ、若返ることができるのが脳です。ヒトの脳というものは、条件さえ調えれば、だれでも確実に若返らせることができるのです。私たちの脳は、オギャーとこの世に生まれたときに、1000億個の神経細胞を持っています。この神経細胞はその後、増えることはありませんが、もう一つの脳の細胞であるグリア細胞は、さかんに新陳代謝もするし、増えもするのです。そのようにして神経回路網を発達させることによって、脳は大きくなり、かつ活性化されていきます。
また神経細胞は、つねに変化している環境からの刺激を受けながら、シナプス(接合点)を発芽させ、他の神経細胞とのつながりを作っていくのです。ヒトの場合、六歳ごろに大脳皮質の多くの回路網ができあがり、九~一〇歳ごろまでには、人間行動のプログラミングセンターである前頭葉の回路網がほぼ完成するといわれています。
ただし、生まれたときのまま放っておき、何の刺激も与えないでいると、脳は発達していくことができません。未熟のままに終わってしまいます。生まれたときに、すでに神経細胞が用意されていても、そこに視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を通じて、外界からの情報によって刺激されないと、神経細胞は成長せず、その構造を作り上げていくことができません。
そしてこれが重要なことですが、その与えられる刺激しだいで、いかようなかたちにでも、脳は生育、発展していくのです。これを「脳の可塑性」と呼んでいます。生まれたての脳は、たいへん柔らかな粘土のかたまりのようなもので、どのような形にもなりうるのです。この脳の可塑性は年齢の若いときほどいちじるしく、若年期にバランスのとれた適当な刺激を受けることが、脳の発達にとっては不可欠です。
とはいえ、若年期をすぎても、脳の可塑性は失われません。環境からの刺激をたえず受けながら、脳は依然として活性を保って回路をつくっていきます。もちろん、若いときにくらべると、時間もかかるし、相応の努力も必要になってきますが、新しい刺激を受けることで新しい回路をつくるという脳の働きは死ぬまで失われないのです。
脳梗塞など、脳のどこかに損傷が生じて、下半身不随などの障害を受けても、リハビリで回復することができるのは、この脳の可塑性という性質あってのことなのです。損傷によってそれまでの回路が役に立たなくなれば、新しい回路をつくってそれを補おうとするのが、人間の脳です。コンピューターによるAI(人工知能)が盛んに研究されていますが、AIはどこか一箇所でも故障が起きると、すべてがダメになってしまいます。故障した回路を自ら修復しながら、機能を回復してしまう脳の可塑性は、天才たちがいくら知恵を絞っても真似ることなどとうていできない、脳の素晴らしい〝能力〟です。