宇宙開発から宇宙ビジネスへ、時代は転換点を迎えています。米国がリードする宇宙ビジネスですが、日本であまり知られていないのが中国です。衛星を使った次世代インターネット網、特殊な衛星電話ではなく一般の携帯から衛星を通じた音声通話、低コストかつ高性能となったリモートセンシング衛星を使った農業の収穫予測、その予測に基づいた保険、高精度な位置特定に基づき自動運転、環境汚染の監視など、その応用範囲は広大です。宇宙ビジネスの成長期を迎えた世界の現状、その有力なプレイヤーでありながら宇宙ビジネスとしては未知の国である中国の台頭を中心にお伝えします。
東アジアにチャンス到来!民間企業が切り拓く「宇宙ビジネス」新時代

盗掘予防、古代遺跡の発見も! さまざまな分野で活用される中国の宇宙ビジネス

「世界の工場」中国の動きも目覚ましいものがあります。中国は長年、国家主導の宇宙開発が進められてきましたが、2010年代半ばからは民間企業の参入が目立っています。例えば、零壹空間(One Space)は2018年5月に自主製造のロケットの打ち上げに成功しましたし、蓝箭航天(LandSpace)は再利用可能なロケットのテストを着々と成功させています。

アプリケーションでも興味深い活用が見られます。通信機器・端末大手ファーウェイは世界初となる一般携帯電話での衛星音声通話を実現しました。ごくごく一般的な携帯電話で衛星経由の音声通話ができるのは驚きです。衛星ブロードバンドの取り組みもスタートしています。2021年には中国衛星網絡集団が設立されました。2万6,000機の人工衛星を打ち上げ、衛星ブロードバンドサービスを実施する中国版スターリンクを計画しています。中国衛星網絡集団は国有企業ですが、民間企業の銀河航天も衛星ブロードバンド事業に乗り出しました。打ち上げた衛星はまだ7機ですが、すでに試験サービスを実施しています。

衛星ブロードバンド以外でも、人工衛星からのセンシング技術を活用した、さまざまな用途のものが開発されています。衛星から地表や大気、海洋の状態を把握するコストがさがったことで、いろいろな応用方法が生まれているのです。

中国ならではの面白い活用としては、東北地理・農業生態研究所による泥炭盗掘防止ソリューションがあります。広い中国では監視の目が行き届かないため、資源の盗掘が防げないのが悩みのタネ、衛星からのセンシングによって盗掘があればすぐに確認できます。

また、200機以上もの衛星を保有する北京攬宇方圓はニーズにあわせた多くのソリューションを提供していますが、その中には古代遺跡発見というユニークなものも。遺跡は開発の過程で見つかることが多いのですが、人が住んでいない荒野に眠っている遺跡を探し当てることは困難でした。人工衛星からのセンシングで古代に建築がなされていた痕跡などを発見することができるようになりました。

(※写真はイメージです/PIXTA)


他にも衛星とドローンを活用し、航空写真で洪水などの天災による被災額を推計し速やかに保険金支払いを提供する平安保険のソリューションも注目を集めています。今年もそうでしたが、中国では毎年、洪水や台風による被害が続いています。広い地域が被災した場合、被害確認だけでも一苦労です。空からの確認ならば、被害確認の時間を一気に短縮できるというわけです。

中国はスマートシティの取り組みに積極的なことで知られています。防犯カメラや身分証に基づくデータを統合して、人間と社会の動きを完全にデジタルデータとして記録する、いわゆる「デジタルツイン」が究極の目標です。現実世界の状況をデータとして把握する手段として、宇宙の目は欠かせないものとなっています。たとえばトラックやゴミ収集車の移動はすべて衛星測位に基づくリアルタイムのデータとして収集されています。スマートシティという大きな需要は、宇宙ビジネスに取り組む中国民間ベンチャーにとっては大きな追い風です。

そして、日本。宇宙開発の先進国でありながらも宇宙ビジネスでは出遅れたという点では中国に似ている部分もありますが、月を探査しその資源を活用して宇宙インフラを構築することを目指すispace、小さな衛星の大量打ち上げに適した小型ロケットに特化したスペースワンなど注目される民間企業も登場しています。宇宙開発に関する技術と人材の蓄積、電子機器製造の強みを生かした今後の展開が期待されます。


[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。