孤独にトマトを育てる父親
母親がグループホームに入居してから、一人暮らしになった父親は毎日グループホームへ面会に行っていたそうです。しかし、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、面会はできなくなりました。
修さんと直樹さんは、関西の実家から車で2時間ほどのところに住んでいます。母親の認知症発症のときから、両親のことを大変気がかりにしていました。しかし、頻繁に行き来することはできません。
父親は、食事の用意や掃除など家事をこなすことができたので、日常生活に心配はありませんでした。近所の方やかつての同僚との付き合いもあります。そうはいっても、みんなで暮らしていた自宅に父親が一人で生活していることを思うと、長男である修さんは特に心苦しくなっていたのでした。
修さんが電話をすると、「今日は庭に新しいトマトの苗を植えた。お前たちが帰ってきたら食べさせてやるよ。楽しみにしているからな」そう言ってくれる日もありました。庭はもともと母親の趣味で、家庭菜園をしていたのを父が引き継いでいるようです。しかし、唐突に「寂しい」とこぼす日もありました。
父親も介護施設へ…
ある日、いつものように掃除をしていた父親は、階段を踏み外し骨折してしまいました。幸い自分で救急車を呼ぶことができたので、病院へ向かいました。1ヵ月余りの入院ののち、父親は車いすでの生活を余儀なくされる状態になりました。リハビリのため数ヵ月の入院をしていましたが、自宅へ戻ることは難しく、介護付き有料老人ホームへの入居を検討するしかありませんでした。
父親にとっても想定外の出来事であり、かなり気落ちしている様子でした。父親は、入院中に「自宅に帰りたい」と何度も訴えます。お金の面は、両親の年金(月23万円)と父親の貯蓄とでまかなうことはできそうでした。父親の訴えは、経済的なことではなく、「家族で暮らしたい」ということだったそうです。
修さんの会社の定年は65歳です。昨年、部長に昇進しました。定年まで給与の引き下げはありません。非常に恵まれた環境といえるでしょう。ところが父親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいの修さんは、弟の直樹さんに「僕は、退職して地元に帰って再就職しようと思う」と言い出しました。