人間の設計図のような役割を担う「遺伝子」。遺伝はどの程度人間の能力に影響を与えるのでしょうか。本記事では、日本における双生児法研究の第一人者、安藤寿康氏の著書『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新聞出版)から一部抜粋・編集して、遺伝と人生がどこまで関連付けられるかについて、データに基づき解説します。
2015年以降、遺伝が知能に及ぼす影響が急速に解明され始めた
つい最近まで、遺伝子を突き止めるのは難しい課題でした。病気をもっている人ともっていない人、知能の高い人と低い人のもつ遺伝子を比べてみても、劇的に大きな違いはないのです。それが特に知能に関して2015年ごろから、かなり大きく状況が変わってきたのです。
遺伝子を突き止めるためには、遺伝子情報と一緒に、調べたい病気や知能指数、学力の得点のデータがそろっていなければなりません。しかし特定の病気になる人はそもそも少ないですし、知能テストや学力テストのデータを遺伝子と一緒に提供してもらうのも大変です。
ところがイギリスやアメリカなどで大規模な遺伝子の調査をしている研究機関や遺伝子サービス機関が、知能の高さとある程度の関連性をみせてくれる学歴(正規の学校に通った年数、すなわち中卒か高卒か大卒か、どの段階で落第してしまったかなど)を、生年月日や性別のようなふつうの調査項目としてざっくりと聞いていて、そのデータ数があわせて100万人分を超すだけあることに目をつけたのです。
大数の勝利でした。これによって学歴の長さに関連する遺伝子が1,700ヵ所みつかり、その総説明率は12%ほどになったのです。2022年に新たに追加された300万人分のデータを分析すると3,900ヵ所で16%も説明できるようになりました。これは知能の遺伝率50%のうちの約3分の1に相当します。
たかが3分の1、されど3分の1です。これによってこれまでは集団の統計量としてしか算出できなかった遺伝の影響力が、一人ひとりの遺伝子ポイント(これこそがポリジェニックスコアです)として算出できるのです。
遺伝子研究は画期的に進歩も、実用性はまだまだ未達の段階
そしてそれがこれまで双生児研究で示してきた集団の傾向を、きちんと追跡できることがつぎつぎと明らかになってきました。
たとえばこの学歴ポリジェニックスコアの高い人と低い人は、実際に大学修了率が違いますし[図表1]、個人がどのレベルの教育まで到達できるかを追跡することもできます[図表2]。
第9学年(中学3年生)のときに、すでにポリジェニックスコアの高い人は難易度の高いコース、低い人は難易度の低いコースにより多く所属しており、学年が高くなるにつれてポリジェニックスコアの高い人はより高いレベルのコースへと昇っていくが、低い人は同じレベルにとどまったり脱落したりしている様子が描かれています。
また収入や職業、罪を犯す割合も違います。これは科学的研究としては画期的な進歩です。双生児研究によって集団の統計量として間接的にボヤッとしか示すことのできなかった遺伝の影響が、個人のレベルまで解像度をあげられるようになったのですから。
とはいっても、その説明率は4%から6%程度ですから、現時点では正確な予測からはほど遠く、実用性のあるものではないことはしっかり理解しておくべきです。
いま生まれたばかりの赤ちゃんのDNAから学歴ポリジェニックスコアを求めて、この子が大学まで行ける確率を出すことは理論的にはできますが、その通りになる保証はかなり低く、それよりは高校のときの模擬試験の成績から予測される合格率の方がはるかに信頼できます。
そうなのです。最近はやりの美容や健康のための遺伝子検査でも、その検査が出してくる予測よりも、すでにあなたがいま実際に試している美容健康法の成果の方が、はるかに正確に近い将来のあなたの肥満や疾患の発症を予測します。