自分の老いを認めたくない高齢者

健康診断の問診で、「健康上、何か気になることはありませんか」と聞くと、50代の男性が、「膝が痛むんです。走ったりすると特に左の膝の裏が痛みます」と答えました。

「日常生活に差し障るくらいですか」と聞くと、「それほどではない」と言います。「それなら病気ではなく、自然な老化現象ですよ」そう説明すると、相手はいやそうに顔をしかめました。

どうやら老化現象を認めたくないようです。しかし、認めざるを得ないという思いもあるようだったので、私はこう言い足しました。「これからいろいろな不具合が起こりますから、心の準備をしておいたほうがいいですよ」

すると男性は「うわーっ」と声を出して、表情を歪めました。私は笑顔でさらに続けました。「老化現象でいろいろな症状が出た人の多くが、今までなかったのにとおっしゃいます。でも、今までなかったことが起こるのが老化なんです」

「はあ……」男性はあきらめの苦笑いで、肩を落としました。

別の50代の男性は、問診にこう答えました。

「さっき、聴力検査で高い音が聞こえていないと言われたんですが、老化現象でしょうか」「そうですね。老化現象と病気はよく似ていますから」「そんなことを言われたのははじめてなので、気になって」「だれでも老化は初体験なので、これまでなかったことが起こります。病気か老化かは、検査をしてみないとわかりません。病気なら治療でよくなる可能性もありますが、老化は受け入れるしかありません」

意地が悪いようですが、良薬口に苦し、あとの喧嘩は先にという言葉もあります。「いつまでも元気に若々しく」などと言うより、よほど親切だと思います。高齢者は医者に行って、病気だと言われたら喜ぶと聞いたことがあります。病気なら治る可能性があるけれど、「年です」と言われたら治らないからです。

老化の事実を拒みたいという心情は、多くの高齢者に見られます。自然な老化は自分が悪いわけでもないし、恥ずかしいことでもないのに、認めたくないのは老化の悪い面ばかりを見ているからでしょう。

上方落語の桂文喬師匠のまくらに、右膝の関節が痛いという患者が、医者に「年です」と言われたら、「そんなことないでしょう。左膝も同い年ですけど、なんともないですよ」と答えるというのがあります。これなども老化を認めたくない高齢者の思いを如実に表しています。