あなたの「好み」は間違いだらけ

大手のソーシャルメディアを見てもわかるように、アプリが人間関係を活性化させる一方で、利用者のあいだに有害な認知バイアスを蔓延させることもあります。

多くの人がアプリを通して出会うため(アプリを使わない人でさえ、アプリ利用者とデートすることはよくあります)、気づかないうちにアプリ開発者が私たちの恋愛に驚くほどの影響を及ぼしています。アプリ開発者は、私たちが恋愛の決断をくだす環境をデザインしています。つまり、私たちの決断そのものにアプリ開発者が深く関わっていると言えるでしょう。

従来の経済学では、人の好みは一貫しており、変化の少ないものだと考えられています。しかし、行動科学者はそれが噓だと知っています。実際には、環境が影響するのです。

私たちは、物理的な場所であれ、デジタル環境であれ、意志決定を行う状況に影響されます。個人の選択は、選択肢がどのように提示されるかに大きく左右されます。好みは永久的なものだと思うかもしれませんが、実はかなり柔軟なものなのです。

グーグルのオフィスにあるM&M’s…七週間で摂取カロリー「310万キロカロリー減」の方法

例として、食の選択に環境がどのような影響を与えるのか見てみましょう。数年前、グーグルが従業員の「M&M’s問題」を解決するために実験を行いました。その実験では、従業員がもっと健康的な食べ物を選ぶよう後押しするために、行動科学者による内部チームが軽食提供の環境を変えました。色とりどりのチョコレートが人々を誘惑しないよう、M&M’sを巨大な透明ケースに入れて提供するのをやめたのです。

ラベルを貼り付けた不透明な容器に入れ替え、魅力的に見えないようにしました。そして乾燥イチジクやピスタチオなどの健康的な軽食を、透明のガラス容器に入れて近くに置きました。

テック企業のかしこい従業員たちは、以前から健康的な軽食をいつでも食べられることを知っていました。けれど、食べ物を選ぶ環境を変えただけで、七週間のM&M’sの摂取カロリーがニューヨークオフィスだけで310万キロカロリー減少したそうです。

この実験に関するワシントンポスト紙の記事によると、「これは、2000人いるオフィスの従業員が、一人につき、M&M’sの自動販売機用パッケージを九袋分減らしたことになる」とのことです。そのグーグルのオフィスでは従業員の好みは変わっていません。しかし、不透明な容器が重大な変化をもたらしました。環境が従業員の選択に大きな影響を与えたのです。

現代の恋愛では、意志決定を行う環境はマッチングアプリの中です。私たちはアプリが提示するマッチ候補や、それらが表示される順番に影響を受けます。だから私のクライアントの話によると、あるマッチングアプリでは好みでないと判断したまったく同じ人を、数週間後には別のアプリで「好き」とスワイプすることがあるそうです。このように、ささいな環境の違いが私たちの決断に大きな影響を与えているのです。

念のために言っておくと、私はアプリに反対しているわけではありません。アプリにより、他の方法では出会えなかったかもしれない何百ものカップルが幸せになっています。とくに、LGBTQ+のコミュニティや、人口の少ない地域の住民、50歳以上で出会いを求める人など、いわゆる「薄い市場」にいる独身者にとって、マッチングアプリは非常に有効です。

また、マッチングアプリはどれも同じではありません。私が好きなアプリは、アプリを離れて実際にデートすることに重点をおいているものです。

(実際、本書を書きあげたあと、私はマッチングアプリ、ヒンジのリレーションシップ・サイエンス・ディレクターに就任しました。ヒンジはユーザーがアプリを離れて実際にデートに出かけるよう推奨するだけでなく――ヒンジのキャッチコピー「削除されるべくデザインされたマッチングアプリ」からも一目瞭然――、私がこの本でまさに成し遂げたいと思うこと、つまり、世界中の何千万もの人々の恋愛の成功を支援するために、私を雇ったのです)

しかし残念ながら、ある種のマッチングアプリは、私たちを間違った方向へ誘導しかねない情報提示の仕方をしています。その間違いにはまらないようにしましょう。本記事では、アプリを有効活用する方法と、アプリの落とし穴を避ける方法を紹介します。