80代になったら誰だって認知症になる

老年精神科医という仕事をやっているといちばんよく質問されるのが、どうやって認知症を予防したらいいかということです。それが高齢者の方々の最大の悩みというわけです。

しかし、とても残念なことですが、認知症の予防は少なくとも現在の医学では不可能です。脳が老化して、アルツハイマー病の変性疾患が起こってしまうと、それによって脳細胞が他の細胞とシナプスでつながることが難しくなってくる。つまり、使いものにならない細胞がどんどん増えていくというのが、アルツハイマー型認知症のメカニズムです。

私が以前勤めていた浴風会という老人専門の総合病院では、亡くなった人の解剖を年にだいたい100例ぐらい行いますが、その際に脳を顕微鏡でのぞいてみると、85歳を過ぎてアルツハイマー型に変性した神経細胞がない人はいないことがわかります。画像診断をしてみると、80歳過ぎて脳が縮んでいない人もいない。だから、年をとって顔にシワがない人がいないのと同じで、認知症というのは老化現象の一つなのです。

しかし、脳の老化だとか、萎縮だとかの変性は止めようがなくとも、実用機能ということを考えたらまだまだ救いがある。

たとえば、脳の状態だけを見れば、さっき言ったように85歳以上の人は全員アルツハイマー型の認知症になってはいても、テストをやってみると認知症の症状がはっきりしている人は4割しかいません。さらに、日常生活に差し支えるレベルの認知症ということになったら16%しかいないわけです。

ただ、85歳の時は4割だったものが、90歳になると6割になり、95歳になると7割を超えるというように、年をとればとるほどアルツハイマー型認知症の割合は増えていく。だから認知症の予防はできないけれど、発症を遅らせることはできる。認知症になるのが遅くなれば、寿命が同じなら認知症でいる期間が短くて済むわけです。

認知症になる前に、たとえば90歳で亡くなったら、うちの親は認知症にならないですんだということになる。認知症にならなかったというのはたいがいそういうことですから、認知症になるのを遅らせることができれば、認知症になる前に死ねる可能性が高くなるということです。

だからまず、認知症というのは遅かれ早かれ誰でもなるものだという覚悟を決めることです。そのうえで、認知症になるのをできるだけ遅らせる。認知症になってからもなるべく進行を遅らせる。この二つが重要なポイントになります。