免許を返納した高齢者は「要介護」まっしぐら

だから、50代、60代の時に、趣味でも何でもいいんですが、70歳以降はこういうことをしようって決めておくといいんです。その意味で言うと、先ほど自動車事故について触れましたが、実は自動車の運転というのが意外に重要な鍵になります。

東京のような大都会では公共交通が発達しているから、クルマは別になければないですむし、もともと運転していない人も多いけれど、地方では、いったん免許を返納してしまうと外に出る回数が激減する人や、めったに外出しなくなる人がすごく増えてしまいます。

それに、東京の人はあまりイメージが湧かないかもしれませんが、地方に行くと、高齢者も含めて地元の人が運転していく場所というのは、だいたいイオンモールのような大きなショッピングセンターなんですね。

大きいショッピングセンターに着くと、広い駐車場から入り口まで歩かなければならないし、店の中を歩き回るので、けっこう運動になるんですよ。

そういう意味で実はクルマを運転するということは高齢者にとって非常に大切で、筑波大学の調査だと、免許を返納すると5年後に要介護になる確率が2.2倍ぐらいになってしまう。もっと過激なものでは8倍になるというデータさえあるんですね。だから免許を返納したら最後、要介護にまっしぐらというわけです。

マスコミは長きにわたってコロナ自粛を叫び続けていましたが、それも多くの高齢者を家に閉じ込める結果になりました。にもかかわらず、そのせいで要介護高齢者がものすごく増えてしまったことに対する責任なんて、新聞もテレビもいっさいとろうとしない。

私がいちばん気になったのは飯塚幸三さんという元通産省技官の偉い研究者が、2019年4月に池袋で起こした衝突事故です。母子2人が亡くなったのに逮捕されなかったのは「上級国民」だからだとか、ずいぶん非難されました。だけど飯塚さんは当時88歳で、本人もケガをしている。

そんな高齢者は普通、逮捕しないのが日本の司法ですから、それほど特別扱いされたとは思えませんが、仮にひいきされていたとしても、彼は別にふだんから暴走族みたいな危険運転をしていたわけではありません。本人も奥さんも怪我をしているわけですから、まあ、不注意というか、ブレーキとアクセルを踏み間違えたのでしょう。

だけど、彼が事故を起こしたことについて多くの人が「年寄りのくせに運転したからだ」みたいな言い方をするのはちょっと違うと思う。実は年寄りの暴走事故というのはそんなに多くないんです。

なぜ年寄りが運転すると危ないかといえば、動体視力が落ちてきて、子供が飛び出してきても気づくのが遅れるとか、いわゆる運転技術が衰えてくると考えられるからです。にもかかわらず、マスコミが盛んに取り上げるのは、年寄りが暴走したり逆走したりする事故ばかり。なぜならそれはめったにない珍しい例だからです。

しかも死亡事故となるとさらに少ない。「上級国民」である飯塚氏の事故がことさら大きく取り上げられたから、高齢者の自動車事故の代表みたいな話になったというだけのことです。ニュースを見たり聞いたりするときに必ず考えなくちゃいけないのは、それが珍しいからニュースになるということです。

犬が人間を嚙んでもニュースにならないが、人間が犬を嚙むとニュースになるというのがニュースリテラシーなんです。高齢者の暴走事故そのものもめったにないし、それによって人が死ぬ事故なんてもっと珍しいわけですね。

ふだん普通に運転している人が突然、暴走するというのは、我々老年精神医学に携わっている人間から言わせると、実は意識障害を起こしていた可能性が高い。つまり意識が朦朧としているのに体は起きている状態だから、わけのわからない運転をしてしまうということです。

その時たまたまアクセルを踏んでしまうと暴走になるし、方向感覚がわからなくなると逆走になる。それだけのことです。昔のマニュアル車と違って、いまはほとんどのクルマがオートマチックだから、そういう状態でも運転できちゃうんですよ。

その意識障害の原因なんですが、年をとってくると、たとえば血糖値のコントロールがうまくいかなくなって、ちょっと強めの糖尿病の薬を飲んでいると、血糖値が下がりすぎて意識障害を起こす。あるいは昨日眠れなかったので睡眠薬を飲んだために頭がボンヤリする。それから、塩分を控えすぎて低ナトリウム血症を起こし、意識が朦朧とするケースもあります。

やはりお年寄りにあまり薬を飲ませすぎるのは危険だというような話にならないと、事故の再発は防げないでしょう。若者の暴走族のような意図的な暴走による事故なら、厳罰化すれば防げるかもしれませんが、意識が朦朧として事故を起こすのであれば、まずそういう状態にさせないことです。

高齢者に薬を飲ませすぎないということも含め、根本的な対応が必要になります。ところがテレビ局はスポンサーである製薬会社に忖度して、そんなことは言ってくれません。

いずれにしても、高齢者が事故を起こすとすぐにほかの高齢者まで免許返納という話になりますが、免許を返してしまったら、あとは要介護にまっしぐらです。運転はできる限り現役で続けてください。少なくとも地方に住んでいる方は絶対に早まって免許を返してはいけません。

和田 秀樹

精神科医