「自然の法則に逆らうことはできない」…それならいっそ、それを「楽しむ」

「諸法実相」という世界観

仏教には「私たちの周りにあるすべての存在や現象は素晴らしいものである(諸法実相)」という世界観があります。言いかえれば、噓や偽りがないもの(否定できないもの)は素晴らしい、ということです。

噓や偽りがないものに対しては疑いを持つ必要がありません。山、川、海、空、星、木々、空気などの自然には噓や偽りはありません。私たちが生まれ、成長し、年を取り、病気になって死んでいくという命の流れにもまた噓や偽りはありません。

ここから、噓や偽りのない人生を、噓や偽りのない自然に囲まれて生きているのだから、些細なことやつまらないことを気にしなくていいという教えに展開します。

噓、偽りがないものは存在だけではありません。さまざまな縁が集まって結果になるという縁起の法則、縁が次々に入れ代わるために同じ状態を保てない諸行無常の法則、同じ状態を保てないので「これはこういうもの」という不変の実体はないという空の法則にも、噓や偽りはありません。そして、これらの法則には何者も逆らえません。いっそ、それを楽しむ方法を探したほうが、ずっと楽に生きていけます。

「『年相応』に生きるのが基本」…若さと幼稚さは違います

年齢を重ねることで、わかることもある

小中学校では、学年によって習得すべき課題があります。同じように、人生にもそれぞれの年代でクリアしたほうがいいことがあります。残念ながら、クリアすべき課題はその年代を通過してみないとわかりません。

そこで、渦中の世代は『〇十代でしておきたいこと』という本を読んで参考にします。この種の本に書いてあることは、年相応に生きている先輩を見ればわかりそうですが、近くに手本になる人がいない場合は有効かもしれません。

人生経験を経て学ぶことは多くあります。成功や失敗を数多く体験し、見聞きしているので他人の失敗にも「それって、ついやってしまうんだよね」と寛容になっていきます。直面する課題には、放っておく、撤退するなどの対処法があるのも知っているので、「あまり自分を責めなくてもいい。必要なときに人が責めてくれるから」と、どっしりしていられるようになります。

あなたは、年相応な生き方をしていますか。「幼稚と若さを勘違いしている」「動くより理屈が多くなるのを老いぼれって言うんだ」と笑われないよう気をつけましょう。