清水焼の産地でもある京都・清水坂。実はこの周辺は、聖徳太子が居た時代の信仰の痕跡からモダンな建築まで、一気に見ることができる、建築好きにはたまらない「おさんぽルート」でもあります。建築家の円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、是非押さえておきたい「名建築」を見ていきましょう。
有名な五重塔「八坂の塔」だけじゃない!…ここでしか見られない「珍しさ満点」の〈京都・清水坂〉の名建築10選【建築家が解説】
「清水焼」の産地でもある京都・清水坂の建築を楽しむ
清水坂は、葬送の地である鳥辺野へ至る道。その途中に聖徳太子創建と伝わる八坂の塔など古くからの信仰の痕跡が多く残る。またここは清水焼きの産地でもあった。順正は窯元の建物だったし、清水小学校へは陶工の子弟が多く通った。陶工たちの住んだ長屋も数多く残っていて、東山五条交差点北西には、今でも登り窯のレンガ煙突が残っている。そうした産業遺跡を探すのも楽しい。
01.“タバコ王”村井家の銀行建築「京都中央信用金庫東五条支店」
京阪清水五条駅から東へすぐの京都中央信用金庫東五条支店は、タバコ王村井吉兵衛の村井銀行の支店のひとつだった。村井銀行の京都の支店は、ここの他にふたつ残っている。正調の新古典主義建築で、渦巻き模様の柱頭はイオニア式、角柱にしたので柱頭もどこかしゃちほこばっているのがおもしろい。円柱にすると柱が太くなりすぎるから角柱にしたのだろう。手慣れたデザイン処理だ。それでも上にいくほど細くなるエンタシスを守っていて律儀な設計である。
02.保存状態良好なドイツ風建築「旧太田内科診療所」
大和大路通りを北へ向かった旧太田内科診療所は、ドイツ民家風に見えたり、世紀末芸術ユーゲントシュティールにも見えたりする。医院にドイツ風が多いのは、医学生のドイツ留学が多かったせいだろうか。屋根、玄関庇、窓庇とも反っているのが愛らしく、玄関扉上の欄間の幾何学模様が簡単だけど美しい。保存状態が良く、大切にお使いになっているのが伝わってくる建築だ。
03.元醤油商の大型町家建築「仏亜心料理・貴匠桜」
空也上人ゆかりの六波羅蜜寺からすぐ、松原通りにある仏亜心料理・貴匠桜は、辰野醤油を販売していた醤油商・伊藤喜商店の建物。1階庇が銅板張りなのは町家としては珍しい。
第1次世界大戦で欧州繊維業が機能しなくなったとき、京都は未曾有の好景気に湧いた。そのころ木造2階建てや3階建ての大型建築が一般化した。これはその典型のひとつだ。
1923年の関東大震災の後に規模が制限され、木造大型化の道は断たれた。もし制限されなければ4階建て5階建てのアパルトマンが並ぶ街路が京都に現れたかもしれない。このあたりは平家の拠点のひとつで、後に六波羅探題の置かれた場所だ。地獄とつながっているといわれた六道珍皇寺も近く、有名な子育て幽霊飴の店はすぐそこだ。
04.アーチ窓が楽しげなドイツ民家風建築「手越医院」
大和大路に戻り、八坂通りを東へ向かうと、深い軒と反りのある屋根が特徴の手越医院だ。アーチ窓の高さを揃えているので、窓の幅によってアーチの曲率が違うのがおもしろい、ドイツ民家風に見える建物だ。
05.清水焼の産地が生んだ不思議建築「旧清水小学校」
八坂の塔近くの旧清水小学校は2011年に閉校したが、その後改造されて2020年に高級ホテルとなった。外観内観とも元の姿がよく遺されている。外観は頂部に瓦をおいた、スパニッシュコロニアル様式風だ。軒を少し出しているのは、雨掛りを少なくして外壁が汚れるのを防ぐ工夫だろう。軒下に並ぶ送り状の飾りは木製だが、鉄筋コンクリート校舎の軒飾りを木製でつくるのは珍しい。その軒飾りと連続するアーチ窓が響きあって小気味よいリズムを刻んでいる。