オフィスのドアに取り付けられた「錠前」が担う“役割”

29歳のソフトウエアエンジニア、ブランドン・スプレイグと共にカリフォルニア州レッドウッドの木立を歩いている。髪を伸ばしっぱなしにしているブランドンは、筋トレに毎朝励む若き日のダスティン・ホフマンと似ている。裾がはみ出た青いシャツにグレーのチノパン、足元はコンバースのカラフルなスニーカーといういで立ちだった。スニーカーの柄は、自作したアルゴリズムでカスタマイズしたものだそうだ。

頭上には、ピンクと紫の夕焼けが北カリフォルニアの空を優しく照らしている。通りの左側には置き去りにされたおもちゃのように、鮮やかな赤、黄、青の自転車が散乱していた。右側には草の中から真っ白な看板が顔を出している。そこには小学生にも読みやすい字で「グーグルへようこそ」と書かれていた。

ブランドンにはお馴染みの道だ。6年間グーグルで働いていた時の通勤ルートだったのだから。テスラの電気自動車や食事の提供トラックが並ぶ駐車場を抜けて(社員ならクルマの充電と食事は無料)公園内の木立を進み、フィットネスセンターと2つのおしゃれなカフェ(社員食堂ではない)、小さなせせらぎを越えた先にブランドンの職場があった。

こうして歩いていても、どこからどこまでがグーグルのキャンパスなのかは見当もつかない。

近くのサッカー場からは歓声が聞こえる。「厳密に言えば、あれはマウンテンビュー市のものだ」とブランドンは話す。「でも、グーグルが維持費を負担しているんじゃないかな」

有機農園、小さな滝、そして「グーグルマップ」の涙形アイコンの大きなレプリカの前を通り過ぎた。テニスコート、医者が常駐するクリニック、回転寿司のレストランもある。ここに勤めたら絶対に辞められないだろう。

「建物の外観は変わらないけど、よりグーグルらしくするために中身はいつも改装している」とブランドンは話す。「グーグルらしさ」がどんなものなのかを知ろうと、オフィスのガラスに額を押し付けて中を覗いてみた。偽物のヤシの木がデスクに影を落としている。カーペットの敷かれた廊下には空気でパツパツのビーチボールが置かれ、壁一面には「ワイルド」の文字がグラフィティアートとして描かれていた。僕もブランドンも社員ではないので中に入ることはできない。

よそ者を中に入れないのは当然である。世界中から観光客が訪れ、グーグルのキャンパスに点在する彫刻の写真を撮っているのだ。しかし、火曜日の夜7時、ノートパソコンの光に照らされたグーグル社員たちの群れの横を通り過ぎたとき、錠は両方向にかかっているように思えてならなかった。