旅館に併設されていない温泉を「外湯」といいます。外湯のなかには、芸術品のような造りのものがあるなど、街並みとあわせて楽しむことができます。全国の温泉地で出会える、さまざまな「外湯」の魅力を、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より、見ていきましょう。
温泉と「川」と「海」
いま日本の「温泉の原風景」という言葉を使いましたが、山国・日本の典型的な温泉場の風景は、渓谷や山間を流れる川の両岸に開けた温泉場で、これが日本人にとっての「癒やしの原風景」といってもよいでしょう。
北海道の定山渓温泉、登別温泉、宮城県の鳴子温泉、福島県の飯坂温泉、群馬県の四万温泉、栃木県の塩原温泉、鬼怒川温泉、神奈川県の箱根温泉郷、湯河原温泉、静岡県の修善寺温泉、岐阜県の下呂温泉、石川県の山中温泉、兵庫県の城崎温泉、湯村温泉、岡山県の湯原温泉、奥津温泉、鳥取県の三朝温泉、島根県の玉造温泉、大分県の由布院温泉、熊本県の黒川温泉……。この他にも川の両岸に開けた有名温泉地はまだまだあります。
川の流れによって地層が露出し、そこから温泉の湯脈が得られたためです。道のなかった大昔、鹿や熊ばかりか狩人も川沿いや浅瀬の水の中を歩いたため、温泉と出合う機会も多かったのです。
狩人が仕留め損ねた手負いの鹿を追っていると、川岸で動かずに傷を癒やしているのを見て不思議に思ったところ、そこから温泉が湧き出ていた――。このような温泉発見譚はいくらでもあります。「鹿の湯」や「熊の湯」、「鶴の湯」などの名の由来のもとです。
また川岸の温泉は法師温泉やかつての塩原温泉をはじめ、「渡り廊下」という温泉建築の重要な構造をもたらしました。
日本は四方を海に囲まれた島国でもあります。海辺の温泉も日本人の癒やしの原風景と言えるでしょう。
静岡県の熱海温泉、和歌山県の白浜温泉、大分県の別府温泉などのような、海辺に開けた温泉場も、渓畔と同じように波で断崖や海岸が浸食されたため湯脈が露出されやすく、早くから温泉が発見された場所です。
とくに関西最大の温泉郷白浜温泉で、人気の湯崎の海岸、岩場の波打ち際に湧く野趣あふれるロケーションの野天風呂「崎の湯」は、7世紀半ばから8世紀早々にかけて斉明天皇、持統天皇、文武天皇が湯治されたことが、『日本書紀』や『続日本紀』、『万葉集』などに記されています。
このように川沿いや海沿いに開けた温泉場は、日本人と温泉の長いかかわりの歴史のなかで、「癒やしの原風景であった」といってもよいでしょう。その意味でも、とくに修善寺温泉、城崎温泉、三朝温泉などは私の好きな温泉の原風景です。
松田 忠徳
温泉学者、医学博士