絶景、名湯、こだわりの懐石料理…まだまだある、珠玉の高コスパ旅館

06.白骨温泉「小梨の湯笹屋」(長野県松本市)

3,000坪の白樺林の中に部屋数はわずかに10室。純和風の木造二階建ての清々しい宿です。渡り廊下の奥に浴舎棟があり、開放的な大浴場に思わず声を上げてしまいます。視界が広く四季の移ろいを楽しめる。いかにも山のいで湯ならではの木組みの大きな浴槽があり、湯が惜しみなくかけ流されていてじつに気持ちのよいこと。

青味が強いミルクのような湯があふれる岩組みの露天風呂は、香りといい、色といい、何よりもシルクのような感触は湯客を虜にしてしまうこと必至でしょう。

地場の食材にこだわり、丁寧に味付けされたセンスの良い山菜料理なども湯に劣らず印象的です。古民家を移築したという食事処の雰囲気も素敵。朝食に温泉粥が出ます。

07.美ヶ原温泉「旅館すぎもと」(長野県松本市)

松本市の東方約4キロメートルの丘陵地に湯煙を上げる、かつては山辺温泉とも呼ばれていた平安時代の和歌にも詠まれたという古湯です。

松本藩主の別荘「御殿の湯」跡に建てられた木造三階建ての、ジャズが流れる民芸調の粋な宿。湯船の木曽の五木で造られた浴場「白糸の湯」には、ややぬる目で肌に優しいアルカリ性単純温泉があふれています。

「旅館すぎもと」は知る人ぞ知る料理の宿です。“大人の隠れ宿”を自認するご主人、花岡流にアレンジされた創作料理にはとことん信州の素材が活かされています。「デザートは出さない」が主義といいますが、夕食の〆はご主人の手打ち蕎麦(皿数限定)。

とても楽しい夕食で、「バーひびき」など、館内は遊び心にあふれています。

08.榊原温泉「湯元榊原舘」(三重県津市)

清少納言の『枕草子』にも出てくる名湯榊原温泉の老舗で、抗酸化作用の高い自家源泉を有する源泉かけ流しの宿です。

大浴場「まろみの湯」のつるつるの源泉は化粧品にも使われるほど評判の“美肌の湯”です。人気の“源泉風呂”はぬる湯なので、長湯するファンが多いことでも知られています。しばらく浸かっていると芯まで温まり、しっとりと肌になじんできます。

「湯元榊原舘」は地元名古屋や京阪神方面では、料理の宿として定評があります。なにせ松阪牛、伊勢エビという“超ブランド”食材の産地なのですから。清少納言の平安時代を再現した創作料理や源泉を活かした地場焼土鍋の「温泉蒸し」のヘルシーな野菜なども人気が高く、私はいつも新たな創作料理を楽しみに訪ねています。

09.十津川温泉「湖泉閣吉乃屋」(奈良県十津川村)

紀伊半島の中央、屹立する嶺々の狭間に濃い湯煙を上げる十津川温泉郷は、奈良で唯一の高温泉で、しかも湯量にも恵まれています。

二津野ダム湖に面した近畿屈指の絶景露天風呂をもつ佳宿「湖泉閣吉乃屋」。樹齢150年の杉と550年のトガの大木をくり抜いた、遊び心のある露天の「ちん木風呂」や「万寿風呂」に浸かっていると、ここに至るまでの遠い道のりを忘れさせてくれます。感動的な大自然が残されていることに感謝の気持ちが湧いてきます。

地場の食材にこだわる館主が作る田舎会席は何度足を運んでも飽きません。「奈良には海はないから、海の魚は使わない」ところにも、館主の個性が表れています。鮎、アマゴ、鰻、カワマスなどの川の幸、鹿肉、猪肉、鴨、きじなどの山の珍味も、見事な味付けと調理で出てきます。本格囲炉裏部屋での食事も楽しめます。

10.岩井温泉「岩井屋」(鳥取県岩美町)

山陰随一の古湯といわれますが、現在はいずれも創業江戸時代の2軒のみ。その1軒、木造3階建ての「岩井屋」は「違いのわかる大人の湯宿」というのが私の評価です。実際、40代から70代の女性のリピーターが多いそうです。

派手さはないのですが、いつも山野草が静謐に飾られています。凜とした木造の外観もいいのですが、「鳥取を感じ取っていただきたい」と館主が語る館内は、さらに風情が感じられます。

湯質は極上の部類。複数ある風呂場からは“品”すら感じられます。

また“地産地食”に徹した魚介類や野菜の美味しさには、ここまでの距離感を一瞬にして帳消しにしてくれる、湯客を虜にする満足度の高いものがあります。

出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋
[写真2]岩井屋の朝食(著者撮影) 出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋


松田 忠徳
温泉学者、医学博士