温泉のなかでも、「源泉かけ流し」と聞くと、良質のお湯というイメージがあります。実際のところ、その魅力とはどのようなものなのでしょうか? 源泉の魅力を「美しさ」と表現する、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より、詳しく見ていきましょう。
湧きたての温泉=「源泉」の魅力とは?
皆さんは源泉を間近に見たことはありますか? 温泉地へ出かけてもなかなか源泉を見る機会に恵まれませんが、草津温泉街の中央の「湯畑」を実際に見学されたり、TV番組などでご覧になったことはあるでしょう。あの湯畑は日本が世界に誇る代表的な源泉です。毎分約4,000リットルもの大量の源泉が噴き出てくるのです。
源泉が湧出する井戸を「泉源」と呼びます。「湯元」のことです。源泉を見られる温泉地は草津のほかにも主なところで登別温泉(北海道)、ニセコ湯本温泉(北海道)、須川高原温泉(岩手県)、玉川温泉(秋田県)、蔵王温泉(山形県)、奥日光湯元温泉(栃木県)、野沢温泉(長野県)、別府温泉(大分県)などがあげられます。歴史的な名湯、熱海温泉(「熱海七湯めぐり」静岡県)や有馬温泉(兵庫県)では、泉源巡りができます。案内板があって源泉の由来等が掲示されています。
源泉を見て感じることは何でしょうか? 私たちが実際に浴槽に浸かる湯と何か違いを感じることができるでしょうか? 一言で表現すると、「源泉は美しい!」ということではないでしょうか。深い地中から噴出したばかりで、生命力を宿しているから美しいのでしょう。“活性力”が漲っている。“温泉力”が漲っているから、美しいのだと思います。
“活性力”こそが、入浴する私たちの肌を含め全身の細胞を活き活きとしてくれます。それが証拠に医学がこれほど発達した今日でも、私たち日本人はなおも温泉に浸かることをやめません。温泉へ行くことに大いなる喜びさえ感じています。
日本人は「温泉へ行く」というだけで、もう活き活きとしてきます。まるで全身の細胞が活性化してきたかのように。これも日本人と温泉の長いかかわりの歴史のなかで育まれてきた、日本人特有のDNAの一部のようなものなのでしょう。
とくに草津の“湯畑源泉”はじっくりと見学でき、また見ていて楽しくもあるので、よく観察してください。源泉は必ずしも無色透明ではない。草津の場合は硫黄の香りもします。地下深くで誕生した源泉はその後、長い地中の旅をしてようやく地表に湧出します。
さまざまな鉱物やガスを取り込んできた源泉は、たとえ一見、単純温泉のような無色透明な湯であっても、地下水とは異なる濃度を感じさせます。無色透明な湯が美しいわけではありません。“活性”を感じられてこそ、温泉の温泉たる所以、すなわち“温泉の本質”だということです。
浴槽に肩まで体を沈め、心と体に活性が感じられ、喜びが湧き上がってくるような温泉を「美しい」というのです。それが温泉本来の個性だからです。もちろん乳白色や灰白色の「濁り湯」の場合であっても、です。
なかには水道水を沸かした湯と五十歩百歩の温泉もあります。活性や生命力の感じられないただの温かい水。これを美しい温泉、清潔な温泉とはいいません。活性力のある温泉は透明であっても、濁り湯であっても殺菌作用、抗菌作用に優れていて、科学的にも清潔です。
泉源(湯元)で湧く源泉と私たちが実際に入浴する風呂の源泉(温泉)が科学的に差がなければないほど、私たちの心は、全身の細胞は理屈なしに喜ぶことでしょう。源泉の活性力を衰えさせるもとがエイジング(酸化)ですが、人為的に酸化を加速させるものは、湯の撹拌、加水、濾過・循環、塩素系薬剤の混入などです。
ただ温度を下げるために自然由来の地下水で割っても、なお温泉力に優れた“還元状態”の温泉と出合うことがときどきあります。奈良県十津川村の湯泉地(とうせんじ)温泉などはその代表的なケースです。
源泉が湧出する泉源(湯元)のある温泉街で、忘れてはならない効用に、「湯煙」があります。日本人は優れて情緒的な民族だと思いますが、湯煙のある温泉は日本人の心の「琴線」にふれ、副交感神経に揺さぶりをかけ、癒やされます。日本人のいわばDNAに“湯煙情緒”情報なるものが刷り込まれていて、“温泉情緒”、“温泉風情”などという言葉で現代に至るまで伝わっています。このような言葉が伝わってきたのは、それが日本人の健康力を高めるうえで紛れもなく貢献してきたからでしょう。
“香り”も楽しんでください。エイジングの進んでいない風呂の湯口から出る源泉(温泉)から、泉質によりいろいろな香りを楽しむことができ、癒やされたことは皆さんも経験されているでしょう。地中から湧きたての源泉からは、風呂よりはるかに本物の芳香が漂うものです。
松田 忠徳
温泉学者、医学博士