京都観光で多くの人が訪れる祇園には、花街の華やかさだけでなく、近代建築で評価されるべきものも多くあります。建築家である円満字洋介氏の著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、京都観光により深みを与える祇園界隈の近代建築を見ていきましょう。
実は“味のある名建築”の宝庫だった!…京都を代表する繁華街「祇園」界隈で“一見の価値あり”な近代建築10選【建築家が解説】
ユニークなデザインも面白い、京都・祇園周辺の名建築
05.建築家・伊東忠太の“奇才ぶり”が炸裂する「祇園閣」
長楽館から南へすぐの祇園閣は、財閥の大倉家の元別邸で、今は寺院所有となっている。見たとおり祇園祭の鉾をかたどっていて、どこから思いついたのか知らないが奇想というべきだ。当主大倉喜八郎が男爵位を授けられた記念の塔だそうで、頂部は鳳凰に見えるが大倉の号「鶴彦」にちなんだツルらしい。喜八郎は金閣、銀閣に次ぐ京都の観光名所として祇園閣を構想したと聞く。
06.“フタ付き宝石箱”のような外観が特徴的な「弥栄会館」
祇園閣から路地を抜けて西へ向かった弥栄会館は、銅製の庇がぐるりと取り巻くのが特徴だ。庇によって水平に分節することで、巨体を町並みに紛れさせようとしたのだろうか。この建物は祇園のあちこちから見えるが、青い屋根と柔らかい色調のタイル壁のおかげで、フタ付きの宝石箱または着飾った巨象のようにも見える。2021年に弥栄会館をホテルに改造する計画が発表された。
07.祇園のシンボルである現役木造劇場建築「祇園甲部歌舞練場」
弥栄会館のとなりは祇園甲部歌舞練場だ。これほど大きくて現役の木造劇場は珍しいのではないか。祇園のシンボル的存在で都をどりの会場として知られる。玄関棟の大きな唐破風(亀の甲羅のような玄関庇のこと)の見事な菊の欄間は必見だ。甲部というのは昔の地域名で、今は改称したが乙部もあったそうだ。祇園は、京都でもまちづくりの盛んな地域のひとつ。地元が町並みの保存に力を入れてきたおかげで、お茶屋街の風情が色濃く残っている。近年、花見小路を軸に整備され観光客も多い。
08.スマートなセセッションビル「寿ビルディング」
祇園を離れ、団栗橋を渡って鴨川の対岸へ向かうと、河原町通り沿いに寿ビルディングがある。すっきりとしたセセッションスタイルで、壁面上部のレリーフや玄関アーチのくり型が麗しい。玄関庇と照明器具が残っているのもうれしい。元は商工無尽株式会社所有のビルだった。無尽とは講のことで、ここは長岡京市の柳谷観音講が前身だという。現在はギャラリーなどが入っている。
09.タイムスリップできる老舗の名店「フランソア喫茶室」
四条通りの手前を右に入ったところのフランソア喫茶室は、地元では有名な老舗喫茶店だ。町家2軒分を改造したようで、中でつながっており、落ち着いた雰囲気で人気が高い。この界隈には、他にソワレ、築地などの昔ながらの喫茶店がありファンも多い。
10.京都人ならみんな知ってるヴォーリズ建築「東華菜館」
レストラン菊水の対角にある東華菜館は、竣工時は西洋料理店だったそうだ。玄関まわりを飾る羊頭や海鮮のテラコッタはそのためだが、中華料理店となった今でもこれらの食材は共通するのがおもしろい。玄関上には貝を喰うタコがいる。こんなレリーフほかでは見たことがない。塔が西に寄っているのは、先斗町通りから見えるようにしたのだろう。
昔、京阪電車が地上を走っていたころ、京都の人はこの建物が見えると京都へ帰った気がしたらしい。それほど愛された建築というわけだ。夏には鴨川の納涼床を出すので、散歩のおわりにこの建物と対岸の南座、菊水ビルを眺めながらの乾杯はいかがだろう。
円満字 洋介
建築家