「あなた、長い間お疲れさま。実は大切な話があるの…」退職金2,000万円・年金月17万円のサラリーマン〈定年退職した日〉に聞いた「妻の衝撃告白」

登場人物
・ゆめこさん(以下、ゆ)……大正時代からタイムスリップしてきた26歳女性。なぜか、現代社会にめちゃくちゃ詳しい。

・ワイ(以下、ワ)……ゆめこさんの白い飼い犬。お菓子好き。ミーハー。

・有識者のおじさん(以下、お)……難しい単語や複雑な制度を解説してくれる物知りな優しいおじさん。
・ソウダ ジュンコ(以下、主)……今回の主人公。59歳の専業主婦で、元教師。子どもは独立済み。

主:私の名前はソウダ ジュンコ、今年で60歳になるわ。(2023年現在)

うちは父親が教師で、私も教員を目指して大学に進学したの。在学中は、小児科病棟の看護師さんを補佐をするアルバイトをしていたわ。

ワ:ジュンコさん、子どもが好きなんだね!

主:そうね。子どもが好きっていうのもあるけど、うちは父親が、私が小さい頃からとにかく厳しくてね…。そんな父への反発っていう面が大きかったのかもしれないわ。「父とは違う、子どもに優しい大人になってやるんだ」って気持ちがあったのかもしれない。

聞いてくれる? うちの父は、家ではまるで王様だったのよ! テストの点数が平均点より低いと、正座をさせられて1時間以上もお説教されたわ。テレビは国営放送しか見てはいけないし、漫画やゲームは一切禁止。それに田舎に住んでいたから、とにかく考えが古くて……「家を継ぐのは長男なんだぞ!」って言っては何かと兄が優遇されていたわ。私がテストで80点をとったら叱られるのに、兄が80点をとったら立派だと褒められるのよ! 本当、嫌になっちゃうわ…!!

ワ:パパ、理不尽だね。

ゆ:今では信じられませんが、一昔前は家を継ぐ長男を優遇し、次男やお嫁に出ていくであろう娘は後回し、という家庭も少なくありませんでした。

主:時代は徐々に変わって、女性の社会進出が叫ばれ始めた。私は将来は教師になってバリバリ働きたいと夢をみるようになったのよ。だけど父は「女は家庭に入って男を支えるのが当然」なんて言って、全然私の話に耳を傾けてくれないの。本当に辛かったわ……。「絶対に父を説得しなきゃ!」と思って、ある日私は本屋さんで「とらばーじゅ」を買ってきたの。

ワ:「とらばーじゅ」ってな~に?

主:私が高校1年生のとき、1980年に創刊された女性向け就職情報誌よ。当時の価値観からするととってもセンセーショナルで、すごい話題になったの! 10代だった私にはまだよく分からない内容もあったけど、食い入るように読み込んだわ。バリバリ働くキャリア女性に憧れる女の子のバイブルよ!! 男の人と肩を並べて働く女性の姿は、私にとって本当に輝いて見えたの。

ワ:ぜひお父さんにも読ませたいね!

主:ええ。これさえあればあの頑固オヤジを説得できるって思って、意を決して父の前に「とらばーじゅ」を差し出したの。「女性の社会進出特集」って書かれた表紙がよく見えるようにね、ドンっとね!

「お父さん、社会は変わってるよ!」って。「これからは女の人も社会に出て働く時代なんだよ!!」って。

ところが全然…。中を見もしないで、ゴミ箱にポイっ。「女は黙ってろ」で、おしまい。その瞬間から父に自分の考えを認めてもらおうなんて気持ちは、全くなくなったわ。「この人には何を言っても無駄だ」と、心底悟ったのね。

ゆ:1980年代は華やかなバブル期という印象がありますが、女性の社会的地位はまだまだ低く、男尊女卑の傾向も残っていました。

主:許せないことはまだあるわ。ある日父は、私の結婚を勝手に決めてきたの! 私が大学生の頃にはもう恋愛結婚が主流になっていたっていうのに、父親同士で勝手に決めてきたのよ。まったく、時代錯誤もいいところだわ!

せっかく念願の教師になったのに、25歳で結婚・寿退職させられて、父の関係者だらけの披露宴に引っ張り出された。父にどんどん私の人生を奪われて本当に悔しかったわ。せめて相手がいい人なら、まだ救いがあったのだけど…。

ワ:どんな人だったの?

主:外では優しい人よ。みんながやりたがらない仕事を率先してやるような。でも家の中では……お酒が入るとひどく暴れる人だった。一度飲み始めるとどうやっても止めることができない。そして最後は決まって怒鳴り声を上げて暴れだす始末。長男が2ヵ月のときにあばら骨を折られたことは今でも忘れないわ。

ワ:傷害罪! 離婚はできなかったの?

主:もちろん、毎日逃げ出したかった。

だけど、当時は離婚なんてめったにあるものじゃなかったのよ。「子どもが両親の離婚をきっかけに学校でいじめられたりしたらどうしよう」って思ったら、踏み切ることができなかったわ。それに専業主婦が離婚後に経済的に自立するのは、とっても大変だったのよ。加えて、世間体を何より大切にしているDV夫が、自分の非を認めて、おとなしく慰謝料や養育費を出すとは到底思えなかった。

ワ:ジュンコさん、すっごく苦労したんだね…。

ゆ:ジュンコさんが若い頃は離婚そのものが珍しく、1人親世帯のなかには経済的にも社会的にも生きていくのが困難なケースがありました。

主:離婚してうちの田舎に帰っていたら、きっと後ろ指をさされて親子共々辛い思いををしたに違いないわ……。だから、あの時に離婚しなかったことに後悔はないの。

ゆ:ジュンコさんの人生は、親と親の決めた配偶者に大きく狂わされたのですね。

主:ええ。それで、私…実は今離婚を考えているのよ。

ワ:おお! いいね!

お:政府調査によると20年以上婚姻期間を過ごした夫婦の2021年の離婚件数は約3万件。全離婚件数が約18万組なので、実に全体の20%以上が熟年離婚だということが分かります。約20年前の2005年には15%、さらにその20年前の1985年は12%です。熟年離婚がこの40年で一般化したことが分かります。

ワ:どうして増えたの?

ゆ:理由のひとつに日本の「高齢化」が関わっているといわれています。平均寿命が伸びれば、それだけ老後の人生が長くなりますよね。

60歳で定年退職すると、平均寿命まで約20年間以上夫婦2人で暮すことになります。しかしそれまでの長い結婚生活で積もりに積もった不満があれば、「これから先、この人と無理して暮らしていく必要があるのか?」と疑問が生じるのは自然です。子どももすでに自立しており、子育てという大義もなくなったとき、自分のために新しい人生をスタートさせたいと考える人が増えました。

主:私もそう。父ももうとっくに他界してるし、子どもたちもそれぞれ家庭をもっている。誰を恐れることも、誰に遠慮することもない。あの頃と違って、いまは離婚も一般的になっているし。