京都大学は数多くの名建築を有しています。京都大学を中心に建築家の大倉三郎による建築物を見ていきましょう。おさんぽしながら見ることのできる名建築を、著書『京都・大阪・神戸 名建築さんぽマップ 増補改訂版』(エクスナレッジ)より、円満字洋介氏が解説します。
スパニッシュスタイルの名建築
大倉ワールドの真骨頂
保健診療所から北を振り返ると法経済学部本館が見えるが、おもしろいのは正面玄関が見当たらないことだ。正面に見える塔のようなところは実は階段室で、出入り口はあるが玄関というわけではない。中庭に面した回廊が玄関にあたるのかも知れない。大倉は同志社でも回廊を作っているから、こういう空間が好きだったのだろう。大きな建物を作っても大仰な玄関を作らないのは武田グループの特徴ともいえる。
建物そのものが建築学教材
建築学教室本館、これも武田の代表作だ。武田はチョコレート色のタイルを好んで使うが、ここではタイルの模様貼りも見せてくれる。さて、玄関まわりの装飾のくどさとバルコニー手すりのあっさり感とのコントラストだが、わたしには片岡安のような装飾要素のばらまきをやっているように見える。不思議な柱頭も、入り口のラーメン模様も教材展示のごとく、くっつけて楽しんでいるのだ。
手入れの行き届いたスパニッシュ住宅
京大キャンパスを出て、吉田山の北裾を東へ向かうと、上西家住宅がある。ご覧のとおりのスパニッシュスタイルで、手入れも行き届いていて見ていて気持ちが良い。もともとスパニッシュは庇を大きく出さないから、庇の出が大きいのは日本の風土に合わせて変化した結果だ。通りに向けた破風板を母屋がつかんでいるところなど他所では見ないデザイン処理である。破風先端の切り込み模様も美しい。玄関上の十字と菱形の飾り窓はこの後で見る人文研にもあるので覚えておこう。
華麗な立面と巧みな平面が秀逸
今出川通りを渡った住宅街にある京都大学人文科学研究所は、スパニッシュスタイルの本格派で、この華麗な立面構成は東畑謙三のものと考えて差し支えない。
外からではわからないが、この建物には回廊で囲まれた中庭がある。修道院の形式を模しているわけだ。回廊まわりの僧坊に当たる部分を研究室に、会堂部分を図書館に、中央の塔は鐘楼というわけだ。この巧みな平面処理は武田のものだろう。シンメトリーを避け権威的な姿を避けている点も武田らしい。
涼しげで伸びやかなスパニッシュ
白川疏水沿いに歩き、京都大学農学部方面に抜けると、大倉三郎と関原猛夫の設計とある旧演習林事務所がある。デザインについては大倉の手によるものと考えてよいだろう。スパニッシュ風の建築だが、屋根瓦が黄色いので沖縄民家風にも見えるのがおもしろい。タイル貼りの回廊と大きく張り出した軒が涼しげだ。正面両側に立つ柱は、何本かの柱を抱き合わせたものを金輪で留めている。これは東大寺と同じ工法で、当時武田が東大寺修理に関わっていたことと関係があるだろう。
必見のトラバーチンタイル
当ルート最後は、今出川通り沿いの進々堂で、店主続木斉がデザインしたものを熊倉工務店が建築したという。喫茶室の家具が民芸作家黒田辰秋のデザインで、どっしりと落ち着いた雰囲気を楽しめる。内外ともタイルが見どころのひとつで、外装に使っているトラバーチン(虫食い大理石)風のタイルは他では見たことがない。粘土に木くずを混ぜて焼くとこのような形になる。穴の中だけ釉薬がかかっているが、それは灰釉かも知れない。
円満字 洋介
建築家