腸活のブームで腸内フローラという言葉を耳にしたことがある人もいるでしょう。腸内で活動している「腸内細菌」の分布を指す言葉ですが、腸内環境とヒトの健康状態は密接に関わっています。そこで本稿では、長年腸内細菌を研究し続けている医学博士の内藤裕二氏による著書『70歳からの腸活』(エクスナレッジ)から一部抜粋して、健康な老後を支えてくれる「腸内細菌」の働きについて解説します。
寿命を延ばす腸内細菌がある
腸内フローラは地域によって特徴があります。沖縄県大宜味村(おみぎみそん)の長寿者の腸内細菌を調べたデータが発表されていますが、この地域の高齢者にはアッカーマンシア菌という細菌が多いことがわかりました。
アッカーマンシア菌はヨーロッパの人たちに多く見られる細菌で、日本ではあまり見ることはありません。
ブルーベリーなどに含まれるポリフェノール類が体によいといわれていますが、アッカーマンシア菌はポリフェノールに誘導されていることがわかっています。
どういうことかというと、一般にポリフェノールは体(細胞)をサビつかせない作用(抗酸化作用)があるから体によいといわれていましたが、そうでなくアッカーマンシア菌を増やすから体によいのではないか? という可能性が出てきたのです。
最近、寿命を短くしたマウスにアッカーマンシア菌を投与すると、寿命が回復することを示した論文が発表されています。
マウスの特定の遺伝子をノックアウト(機能欠損型の遺伝子を導入すること)すると、寿命を短くすることができます。そのマウスにアッカーマンシア菌を投与すると寿命が延びたのです。つまりマウスの寿命を決めるのは、環境的な要因も大きいということが示されたわけです。
よく寿命は遺伝子がほぼ決めているといわれますが、そうではなく、腸内細菌などの環境的要因も大きく関わっている可能性があるということです。
この論文を発表した研究グループは、すでにヨーロッパでアッカーマンシア菌の培養に成功していて、サプリメント(健康補助食品)も開発されています。
ヒト臨床試験データも発表されていますが、アッカーマンシア菌のサプリメントを投与すると、肥満や糖尿病、脂肪肝などが改善し、腸管のバリア機能もよくなることが明らかになっています。研究者たちの間では有名な話題ですが、いずれこうしたサプリメントが日本にも入ってくるでしょう。
メタボ予防で認知症のリスクが上がる?
アッカーマンシア菌には肥満を改善する働きがあります。こうした肥満を改善する作用をもつ腸内細菌のことを、一般の人向けのメディアでは、「ヤセ菌」と呼んでいます。ダイエットしたい人には興味深い話ですね。
しかしダイエットというのは、誰にでも必要なものではありません。とくに65歳を過ぎたら、肥満解消はほどほどにしたほうがよいというのが私の考えです。
順天堂大学大学院が行った東京都文京区に住む高齢者1,615名(男性684名、女性931名)を対象にした研究があります。
研究の内容を簡単にいうと、認知症やその前段階である軽度認知障害を発症しやすいのは肥満なのかサルコペニアなのかを調べること。サルコペニアは、加齢とともに筋肉が減少していく現象のことです。
研究の対象になった人たちは、「正常」「肥満」「サルコペニア」「サルコペニア肥満」の4つのグループに分けられました。サルコペニア肥満というのは、太っていて筋肉も少ない人のことです。
それぞれのグループの認知機能を調べたところ、正常と肥満のグループは、認知症と軽度認知障害の発症率にはほとんど差はありませんでした。つまり肥満でも筋肉さえあれば、認知症の発症率は健常者と変わらないということになります。
ところがサルコペニアのグループでは認知症のリスクが高くなり、さらにサルコペニア肥満のグループになると健常者の6倍ぐらい認知症が増えることがわかったのです。
本書はおもに70歳前後の人たちに向けて書いていますが、70代の人たちにとって大事なのは、「筋肉を落とさないライフスタイル」です。
50代くらいまではメタボリックシンドローム(メタボ)の予防のためにダイエットしなさいと、盛んにいわれてきたと思いますが、少なくとも高齢者と呼ばれる65歳を過ぎたら、肥満を気にするよりも、筋肉をつけることのほうが重要です。メタボ予防にばかり目を奪われると、逆に認知症のリスクを上げてしまうのです。