もしもいま、自分が「ガン」と診断されたら……。やはり多くの人は絶望するでしょう。しかし、ガンは「死ぬ準備ができる、畳の上で死ねる病」と、肯定的に受け止めることもできると、医師の和田秀樹氏はいいます。本稿では同氏の著書である『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』(マガジンハウス)より一部を抜粋し、年を重ねてからのガンとの向き合い方について解説します。
ガンは準備ができる、畳の上で死ねる病
2018年に75歳で亡くなった樹木希林さんもガンでした。
よく知られていますが、彼女は亡くなる直前まで映画に出ていましたし、テレビや雑誌のインタビューにも応じていました。日常生活もふだんのように続け、とくに不自由なくて暮らしていた印象があります。そのせいもあって、希林さんが「全身ガン」を告げてもファンの人は信じられない気持ちになっていたようです。
でもインタビュー記事や死後に出版された本人の「遺言」のような言葉を読んでみると、彼女なりに覚悟を決めてガンと向き合っていたのだなということがよくわかります。
希林さんは、ガンを肯定的に受け止めていました。「死ぬまでに準備ができるし、何といっても畳の上で死ねる」というのがその理由でした。これは、全身に転移したガンであっても、急には死なないということです。
ガン末期に容体が悪化して急に亡くなる人がいますが、それは本当に最末期で、そこに至るまでは数年から10年といった長い年月が流れています。末期がんとわかってもすぐに死ぬわけではありません。したがって死ぬ準備ができます。しかも患者が望めば自宅に戻り、畳の上で死ぬことができるのです。
「だからそんなに悪い病気じゃない」というのが希林さんらしい受け止め方でした。
もう一つ大事なのは、希林さんの場合、治療方法を選ぶにあたって、「生活の質を落とさない」ことを最優先させています。「いつもどおりに暮らしたり、仕事を続けながら受けられる治療」を選んでいたことになります。
ガンの治療法はいろいろありますが、ここでは簡単に「手術」「抗ガン剤」「放射線」の3つを挙げておきます。
身体にいちばん負担がかかるのは「手術」です。「抗ガン剤」にもさまざまな副作用がありますし、それなりに負担がかかります。「放射線」はピンスポットでガン細胞に作用しますが、転移や大きくなったガンには効果が限られてきます。
もちろんこういった説明ではまだまだ不十分ですが、医師と話し合い、自分の何を優先させたいかをはっきり伝えてそれを理解してくれる医師に治療を委ねることはできます。
樹木希林さんもそこはいろいろ調べて医師と会い、自分の希望を伝えたのだと思います。ガンが身体のあちこちに転移しても、年に一回、鹿児島の病院まで出かけて放射線治療を受けていたといいます。しかも一日たった10分の照射ですから一か月もかかったようです。
そのかわり、「闘病しているという気持ちは全然なかった」と書き残しています。樹木さんはそういう自分が選んだ治療法のおかげで、「生活の質がまったく落ちない」と満足しています。
そこでこれも私からの提案になりますが、70代になったらそろそろ、自分とガンとのつき合い方を考えておくのも必要かもしれません。
ガンが見つかって動揺し、医者や家族の勧めるままの治療法を選んで後悔するより、元気なうちに「自分がもしガンになったら、どういう治療を受けたいのか、何を優先し、何を守りたいのか」を考えて、それを叶えてくれる医者や病院を探しておくということです。
これはそれほど難しいことではありません。体験者の話を聞いてもいいし、ほとんどの病院にはホームページで病気ごとの治療法や症例数、医者の紹介や実績のある治療法、その病院が目指す治療方法などが紹介されています。
ういったことを知っておくだけで、いざというときに自分で病院を選べますし、自分が希望する治療法を詳しく説明してもらうこともできますし、希望を伝えることもできます。
そういう準備ができているだけで、ガンをいたずらに恐れる気持ちは薄らいできます。少なくとも、「なったらどうしよう」とおびえて暮らすより、「そのときはこうしよう」という心の準備ができているだけで、毎日を快活に暮らしていくことができます。
朗らかに暮らせるだけで免疫細胞が元気になりますから、それがそのままガン予防にも繋がってくるのです。
和田 秀樹
国際医療福祉大学/ヒデキ・ワダ・インスティテュート/一橋大学国際公共政策大学院/川崎幸病院精神科
教授/代表/特任教授/顧問