食べ物は“感性”に直結する

かつて娘が小さいとき、保育園の行事でお弁当を持っていくことがありました。そんなときは、いわゆる「キャラ弁」のような料理の本に出てくるカラフルなお弁当を張り切ってつくったものです。

遠足があった日、娘に「今日のお弁当どうだった?」と聞くと、「イマイチだった」と言います。「どうして?」と聞くと、「“日本人の魂”が入っていなかったから」との答え。不思議に思って、次の日に保育園に娘を送っていったときに先生に尋ねてみました。すると、こんなことがあったそうです。

娘のお友だちの中にはアレルギーがあって、色どり豊かなお弁当にはならない子がいました。その子が、うちの娘のお弁当を見て、「おいしそうで、うらやましい!」と言ったのです。

そのときに先生が言った言葉が忘れられません。

「〇〇ちゃんのお弁当もきれいでいいけど、△△ちゃんのお弁当は日本人の魂が入っているからすごいね」と。

日本人の魂とは、梅干しの入ったおにぎりのことでした。以来、うちの娘にとっての「いいお弁当」は日本人の魂が入っているお弁当になったのです。

それからは、お弁当をつくるときに「何を入れる?」と聞くと、娘は「“日本人の魂”が入っていればいいよ」と答えるようになりました。先生の言葉かけひとつで、お友だちのシンプルなお弁当は自慢のお弁当に変わったのです。

食べ物は感性にダイレクトに響きます。たとえば、この食べ物の中にビタミンとカロテンが入っています、と知ることはたしかにいいことです。でも食べることそのものが、私たちが生きる上で重要です。

そして、人が一生のうちで食事をする回数には限りがあります。とすると、年齢を重ねるほど1回1回の食事の重要度は高まるのではないでしょうか。

ですから、この栄養素が入っているから体にいいですよ、ではなくて、60代からは食べること自体をもっと大切にしていかないと損なのです。


本多 京子
医学博士、管理栄養士