「明るく楽しい老後」は不可能なのか?

寿命が伸びるにつれ増大する「老いへの恐れ」

「誰もが長生きしたいと願うが、誰も老人にはなりたくない」これはスウィフト『ガリバー旅行記』に出てくるセリフです。18世紀のアイルランドを生きた人々も、私たちと同じく「老いへの恐れ」を抱いていたことがわかります。

そこから300年、私たちは当時より長生きできるようになりました。この先まもなく多くの人が「100年生きる」時代がやってきます。

しかし、平均寿命の物理的な長さは、質的な豊かさを保証してくれません。「老いへの恐れ」はむしろ大きくなり、ときに長生きが不幸を招くことさえあります。貧困・病気・家庭不和……そんな老後だとしたらたしかに老人になりたくありません。

書店で怒鳴った河西氏は架空の人物ですが、個々のエピソードはすべて実話に基づいています。

・早期退職の失敗

・役職定年への不安

・会話のない家庭

これらは決して人ごとではありません。50代の多くが抱えている問題です。

人生100年時代といわれる長寿時代のいま、これまで国がつくってきた各種社会保障制度がうまく機能しなくなってきました。

老人の面倒をみきれなくなってきた国は、会社へその面倒を押し付けます。高年齢者雇用安定法が改正され、会社は段階的に「定年の引き上げ」を行っています。しかし会社のほうにも余裕がありません。「雇用は守るが給料は保証しない」役職定年制度によってなんとか対応しているといったところ。

いつの時代にも起こる「誰が高齢者の面倒をみるか」の押し付け合い。それが日本でも起こっています。だからこそ、私たちはスウィフトの言葉に挑戦したいのです。「長生きして、明るく楽しく過ごす」──目指すべきはこれです。

いつまでも気の合う仲間と食べて飲んで働いて笑う。年下の人から「あんなふうに年を取りたい」と見本のように過ごす。そんな老後を目指したいもの。

その道のりは簡単ではありません。少し間違えると河西氏のような「不機嫌な老人」への道を歩んでしまいます。それを避けるにはどんな準備をすればいいのでしょうか?