成分が薄い「単純温泉」のなかにも“名湯”がある理由

「草津温泉は泉質が良い」という言葉の意味は、まさに「効く」ということだったに違いありません。「名湯」も本来は同じような意味に使われていました。有効成分が豊富に含まれていることも温泉が「効く」ための要因であったでしょうが、「抗酸化力に優れた温泉」であったからだと思われます。

なぜなら、現在わが国の温泉は10種類の泉質に分類されていますが、もっとも含有成分が薄いといわれる単純温泉にもかかわらず“湯治場”として有名な温泉地が数多くあげられるためです。その代表格が山口県の俵山温泉です。“リウマチ(関節リウマチ)の名湯”として、現代でもよく知られる療養の温泉の横綱格です。

他にも令和の現代でも東北を代表する湯治場として知られる岩手県花巻市の花巻南温泉峡の宮沢賢治ゆかりの大沢温泉、あるいはすぐ隣の鉛温泉なども単純温泉です。秋田県南部の湯沢市の秋の宮温泉郷も単純温泉ですが、東北屈指の湯治場で知られます。

単純温泉はごく簡単に言うと、「含有成分の薄い温泉」のことです。「成分は極微量だけど25度以上の条件を満たした温泉」といわれています。ただ誤解なさらないでいただきたい点は、成分が無いのではなく「温泉法」が規定した含有成分の濃度をクリアしていないということです。にもかかわらずこれほど医学が発達した現在でも、“療養の名湯”、「効く」といわれる温泉なのです。

医療がまだ発達していなかったかつての日本では、「とくに効く」温泉のことを、“薬湯”とか“霊泉”と称していました。「霊験あらたかな湯」という言い方もありました。「薬効の著しいこと」を称えた言い方です。

環境省の「鉱泉分析法指針」で「療養泉」の定義が示されています。温泉のうち、図表3の規定を満たし、かつ「特に治療の目的に供しうるもの」が療養泉とされています。単純温泉も含まれており、「(単純温泉の泉質別)適応症」の欄に具体的に、「(浴用で)自律神経不安定症、不眠症、うつ状態」と記載されています。

つまり国も単純温泉が「効く」ことを限定的な範囲とはいえ、認めているということです。さすが温泉大国・日本です。適応症とは、「温泉療養を行うことによって効果をあらわす症状」のことを指します。

また「療養泉の一般的適応症(浴用)」として、以下の効能が示されています。

「筋肉若しくは関節の慢性的な痛み又はこわばり(関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、神経痛、五十肩、打撲、捻挫などの慢性期)、運動麻痺における筋肉のこわばり、冷え性、末梢循環障害、胃腸機能の低下(胃がもたれる、腸にガスがたまるなど)、軽症高血圧、耐糖能異常(糖尿病)、軽い高コレステロール血症、軽い喘息又は肺気腫、痔の痛み、自律神経不安定症、ストレスによる諸症状(睡眠障害、うつ状態など)、病後回復期、疲労回復、健康増進」

出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋
[図表3]療養泉の定義 出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋

松田 忠徳
温泉学者、医学博士