鮨バブルを招いた「要因」とは

僕は、高額な鮨屋ばかりに注目が集まる今の風潮に、どうしても1980年代後半のバブル経済時代を重ね合せてしまいます。あの頃もブランド物のバッグや高級外車など高価な商品が持て囃されていました。そういう意味でも“鮨バブル”という言葉はぴったりだと感じています。

ただ僕が疑問に思うのは、鮨屋がここまで高価になったのは本当に食材の高騰だけが原因なのだろうか? という点です。マグロやウニが高騰したのは事実ですが、それだけでひとり3万円、4万円という値段を取るのは不自然なのではないか、と。

なぜなら、おまかせ3万円超の店と同じクラスの高級食材を使いながら、2万円前後に抑えている鮨屋が何軒もあるからです。

おまかせ3万円超の店と2万円前後の店の値段の差はどこから生まれるのか。それはおそらく“家賃”と“人件費”の違いです。

鮨屋の場合、他の飲食業に比べて原価率が高いのでそこにばかり目が行ってしまいがちですが、かかる経費は食材の仕入れだけではありません。店の“家賃”と雇っている人の“人件費”も経費の大きな割合を占めます。わかりやすく言えば、銀座や六本木のように相場が高い場所にある店はそれだけ家賃が高く、高級店にふさわしい接客をするために人を多く雇えばそれだけ人件費もかかるということです。

つまりおまかせの3万円、4万円という値段の中には家賃や人件費も含まれているということ。高級食材だけが理由ではないのです。僕はその中でも”人件費”が鮨バブルの隠れた要因ではないかと考えています。

おまかせをコースメニュー化したことで、仕込みに時間がかかるようになったことは先に説明しましたが、もうひとつ、スタッフを増員する必要も出てきました。今はおまかせを同時スタート、つまり19時なら19時に一斉に開始するという店が多い。すべての客に同じタイミングでおつまみと握りを提供するためのシステムですが、実はこれに人手がかかるのです。

焼き魚や煮物、茶碗蒸しといったおつまみを熱々のまま、10人近くの客に出すのはとても1人ではできない。厨房で作る人と客に提供する人、親方以外に最低でも2人は必要になる。それによって人件費の負担が大きくなっているのです。

働き方改革の影響もあります。昔は修業中の鮨職人については給料を低く設定していましたが、今はそれでは働き手が来ない。そして労働時間もきちんと考慮しなくてはいけない。最近は労働基準法の「時間外労働の上限規制」があるので、朝の仕込みから夜の終業時間まで同じ従業員を拘束することはできなくなっています。

以前ある人気店に行って驚いたのですが、カウンターと個室合わせて10数席の店なのに、親方の他に厨房に4人、サービスに4人もスタッフを雇っていました。その給料が1人月25万円と想定すると、人件費が月に200万円もかかることになります。月25日営業だとすれば1日あたり8万円。それがおまかせの金額に含まれているというわけです。

一方で、おまかせを2万円前後に抑えている店には仕込みを親方1人でやって営業時間だけスタッフを入れるなど、人件費を最小限にしている所が多いのです。それなのに値段が安いというだけで「この店の食材は高級店より落ちる」とSNSに書いてあったりするのを見ると、悲しい気持ちになることがあります。



 

早川 光
著述家