時間短縮と精度向上の両立が叶う「AI創薬」
「AI創薬」とは、新薬の研究や開発のプロセスにAIの技術を活用することをいいます。AIを用いれば、比較的短時間で莫大なデータを処理し、高度なデータ分析や新たな推論を導き出すことが可能となります。
特に、近年では機械学習やディープラーニングなどの技術が大きく進歩したことでAIの性能が急激に向上しており、活用できる分野や範囲も広がっています。AIを創薬に取り入れれば、研究や開発プロセスを大幅に効率化できる可能性があるのです。
先に挙げた創薬プロセスのなかでも、ターゲットにする疾患と候補物質とを組み合わせる「スクリーニング」においてAIの有効活用が期待されます。
先述したとおり、従来このプロセスは研究者の経験や勘に頼っている部分がありました。AIは大量のデータを高速かつ正確に処理することができるため、膨大なターゲットと物質の組み合わせを、効果を発揮する可能性が高いものだけに的確に絞り込むことを目指せるのです。これにより、実験の回数も大幅に減らすことができるほか、創薬の成功率を上げることも望めます。
このように、AIの活用による開発期間の短縮やコスト削減など狙い、国内外問わず創薬にAIを導入する製薬企業が増えています。
香港、スイス、アメリカ…各国が続々と「AI創薬」分野に参入
実際に、香港に本社を置くAI創薬企業「インシリコ・メディシン」は、これまで2~3年かかっていた新薬候補発見のプロセスを21日までに短縮したという研究成果を発表しました(2019年)。また、2023年には、同社のAIが選定したターゲット(特発性肺線維症)に対して同社のAIが設計した薬の臨床試験が進められ、良好な結果が得られたと伝えられています。
また、スイスを本拠地とする大手製薬企業の「ノバルティス」は2019年、マイクロソフトと共同で「ノバルティスAIイノベーションラボ」を設立。マイクロソフトが開発したAI技術を、ターゲットの探索や化合物のデザイン、スクリーニングなどのプロセスで活用することを目的としています。
さらに、Googleの親会社である「アルファベット」も、2021年にAI創薬事業を行う新会社「Isomorphic Labs」を設立するなど、世界各国がAIを活用した創薬プロセスの加速に取り組んでいます。
大手製薬企業も続々参入!日本のAI創薬産業
日本国内でも多くの企業がAI創薬に乗り出しています。 代表的なのが、バイオベンチャーである株式会社MOLCUREです。同社は、医薬品の分子設計を行うAIを製薬企業向けに提供しており、その企業が持つ新薬候補化合物の実験データをAIで分析。これにより、効率的なスクリーニングから化合物の分子設計のシミュレーションまで可能にしています。
さらに、同社では実験用のロボットも自社で開発しており、これをAIと組み合わせることで大量のスクリーニングと分子設計を自動化。 従来の20倍以上の新薬候補を創出し、候補物質を発見するまでの時間を10分の1以下に短縮することに成功しています。
ほかにも、第一三共やアステラス製薬、中外製薬、シオノギ製薬といった大手製薬会社が、AI開発を行うベンチャー企業や大学などと共同研究を進めています。
また、中堅製薬企業とAI技術に強い企業が協業するケースも増えてきています。日本ケミファは、ほか5社と共同で先述のMOLCUREへ総額8億円の資金援助を実施し、AI創薬事業の発展を促進しています。
科研製薬では、株式会社Elixが提供する、化合物プロファイル予測から構造発生までの機能がオールインワンで備えられているAI創薬プラットフォームを導入し、研究開発期間の短縮、自社創薬の成功確度向上を図っています。
さらに、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)は2020年8月、「創薬支援推進事業-産学連携による次世代創薬AI開発(DAIIA)」をスタートさせました。
これは、「創薬×AI活用」の推進を目指した産学連携のプロジェクトで、製薬企業18社に加え京都大学や名古屋大学、理化学研究所、AI技術をもつIT企業などが多数参画。これまで製薬企業に蓄積されてきた創薬研究の情報を活用しながら、化合物の最適化を飛躍的に効率化させる「実用的かつ包括的な創薬AIプラットフォーム」の構築を目指しています。