海辺や磯などで、お腹に卵のようにも見えるフクロを抱えているカニを見かけたことはありませんか? そのフクロの正体は、寄生虫の「寄生性フジツボ」です。この寄生性フジツボには驚くべき3つの寄生能力があり、その生態はとても興味深いものです。
本記事では寄生性フジツボの生態や寄生能力、また寄生され宿主となったカニの悲しい生涯についても紹介します。
1. 寄生性フジツボってどんな寄生虫?
寄生虫とは、漢字からも連想できますが、他の生物に寄生して生活する生物のことです。
寄生とは共生のひとつで、寄生した生物が寄生された生物から栄養やサービスを一方的に奪います。
体の表面に寄生する「外部寄生虫」と、体内に寄生する「内部寄生虫」に分類され、寄生性フジツボは内部寄生虫に該当します。
寄生された生物のことを宿主や寄主と呼びます。
1.1. 和名は「フクロムシ」
寄生性フジツボの和名は「フクロムシ」といい、世界には300種類程もいると推定されています。
名前の通り、フクロムシの見た目は袋に似ています。カニに寄生すると、お腹に「エクステルナ」と呼ばれる袋状の生殖器官を作ります。これがカニの卵そっくりなのです。本体は「インテルナ」と呼ばれ、宿主の体中に植物の根っこのように組織をはり巡らせ、宿主から栄養を奪っています。
袋から根っこが生えているような、足の長いクラゲみたいな形をしていますが、種類としては甲殻類に分類されます。岩や船についているフジツボとは広い意味では仲間ですが、生物学的にはまったく別の生き物です。
1.2. 寄生先はカニやエビなどの節足動物
寄生性フジツボの寄生先は節足動物です。節足動物とは甲殻類をはじめ、昆虫やクモ類などのことです。全動物の種類のうち80%以上を占めています。
節足動物のなかでもエビやシャコ、ヤドカリ、貝など甲殻類に寄生します。特に多いのはカニに寄生するものです。海辺や磯付近で見かけるイワガニなどに寄生している姿がよく目撃されています。
生息域は主に海ですが、宿主となるエビやカニなどの甲殻類がいる波打ち際から、深海まで幅広い海域で生活しています。
2. 寄生性フジツボのおそるべき3つの寄生能力とは?
寄生性フジツボには特徴的な3つのおそろしい寄生能力があります。
- 宿主から栄養分を吸い取る。
- オス、メスを問わず体を乗っ取り生殖不能にする。
- 宿主の心を乗っ取り子育てをさせる。
順番に詳しく解説します。
2.1. 宿主から栄養補給をする
寄生性フジツボは宿主にとりつくと、体中に「インテルナ」と呼ばれる本体部を根っこのように張り巡らせます。インテルナの大部分は、消化器官である中腸腺(カニ味噌やエビ味噌にあたる部分。肝膵臓ともいう)に絡みついて栄養を吸収します。
消化器官がないため、餌を食べることもありません。吸い取った栄養分だけに依存して生きています。
2.2. 雌雄問わす宿主の身体を乗っ取り、生殖不能にしてしまう
寄生性フジツボはオスとメスの両方に寄生します。そしてオスとメスのどちらも繁殖ができない状態にするのです。
宿主がオスのときには体がメス化します。オスの体はメスに比べてハサミが大きく、腹部のふんどし部分は小さいという特徴があります。宿主となったオスは脱皮のたびにハサミが小さくなり、ふんどし部分は大きくなるなど、メスに近い体形に変わります。体内でも生殖器が破壊され、子供が作れなくなってしまいます。
宿主がメスの場合、見た目に大きな変化はありません。ただ、体内では卵巣が極端に萎縮し、抱卵や産卵ができない状態にされてしまいます。
寄生から受ける影響は寄生性フジツボと宿主の種類によって大きく違うので、これらの現象はすべての種にあてはまるわけではありません。フクロムシ科の寄生性フジツボが、カニを宿主としたときに多く見られる現象なのです。
2.3. 宿主の心を乗っ取り、子育てさせる
寄生性フジツボはカニが卵を抱く腹部にエクステルナを形成し、心を乗っ取ってエクステルナをカニの卵だと錯覚させます。インテルナは栄養を吸収するだけでなく、胸部神経節にも深く入り込みます。そして本来あったはずのカニの神経分泌細胞をなくしたり減らしたりして、心をコントロールするのです。
そしてエクステルナを自分の卵だと錯覚したカニは外敵から守ったり、汚れを落としたりと世話を焼きます。孵化したときには海中に拡散するように腹部のふんどし部分を開け閉めするフラップ行動まで行うのです。
これらの行動は、もともと卵を守る習性があるメスが行うのはわかりますが、本来卵を守る習性のないオスも、宿主になったときには行うことがわかっています。宿主のオスは体がメス化するだけではなく、行動までメス化されてしまうのです。
3. 寄生性フジツボの生態|成長と寄生の仕方
成体の大部分がメスで、オスはエクステルナのほんの一部分にだけ存在しています。
初めからこのような形をしているわけではありません。孵化したときは普通の甲殻類と似た形状のプランクトンで、雌雄は別々の個体です。プランクトンの状態からどのような成長過程をたどって、寄生をするのでしょうか。オス、メス別に解説します。
3.1. 寄生性フジツボのメスの生態
直接寄生しているのはメスです。寄生するとインテルナを宿主の体中に張り巡らせ、栄養を吸い取ります。エクステルナの大部分とインテルナがメスの体です。
インテルナが生殖できる状態まで成長すると、袋状のエクステルナを宿主のお腹に作ります。エクステルナは何回か幼生を生み出すと、脱落してなくなります。
インテルナは宿主の体中にはびこっているので、エクステルナがなくなってもインテルナがなくなることはなく、常に宿主の体内に存在しています。
3.1.1. 孵化~幼生時代
孵化したときは「ノープリウス幼生」というプランクトンです。一般的な甲殻類と同じような形をしています。そして脱皮を数回繰り返すとフジツボの仲間によくみられる、付着しやすい形の「キプリス幼生」へと変化します。
口がないので栄養補給もできず、生まれ持った栄養だけで生きています。どちらの幼生時代も雌雄は別々の個体で、直接宿主に付着するのはキプリス幼生のメスだけです。
3.1.2. 寄生~成体へ
宿主に付着したキプリス幼生のメスは注入針をもつ「ケントロゴン幼生」に変態し、注入針から宿主体内に「バーミゴン幼生」を送り込みます。バーミゴン幼生が成長したものが、寄生性フジツボ本体のインテルナです。インテルナが吸い取った栄養をもとに宿主のおなかに生殖器であるエクステルナを作ります。
メスは宿主に付着してから、ケントロゴン幼生→バーミゴン幼生→インテルナと何回も形を変え、成体へと成長していきます。
3.1.3. エクステルナの成長と受胎
エクステルナは宿主のお腹を突き破り外側に作られます。できたばかりのエクステルナは「バージンエクステルナ」と呼ばれています。
エクステルナが成熟し排卵がおこると、エクステルナ内部にある「リセプタクル」という場所から精子が放出されて受精します。受精卵は孵化し、ノープリウス幼生となって海中へと放出されます。これを数回繰り返すとエクステルナは脱落してなくなります。
この間、宿主はエクステルナを自分の卵だと思い込み孵化の手伝いをします。また、エクステルナがあるうちは脱皮が抑制されてしまいます。エクステルナがなくなったタイミングでやっと脱皮ができるのです。
宿主が脱皮を終えると新しいバージンエクステルナを作り、再び成熟するのを待ちます。これを繰り返すのです。
3.2. 寄生性フジツボのオスの生態
成体となったオスは、メスのエクステルナ内のほんの一部であるリセプタクルという場所に存在しています。インテルナとエクステルナで形成されているメスに比べるとオスはとても小さいのです。
幼生のとき、オスとメスは別々の個体です。メスと比べて大きさにも特に差がなかったオスが、どのような経緯で成長してメスの一部分で成体になるのか解説します。
3.2.1. メスの一部に侵入して成体となる
キプリス幼生時代、オスとメスは同じような形態です。キプリス幼生のメスが宿主に付着するのに対し、オスは寄生したメスが作ったバージンエクステルナに付着します。そしてトリコゴン幼生に変態し、エクステルナ内のリセプタクルに入り込んで、精細胞のようになります。精細胞を獲得することでバージンエクステルナは成長をはじめます。
3.2.2. オスは切ない…いわば「使い捨て」で生涯を終える
エクステルナは、数回孵化を繰り返すと脱落してなくなってしまいます。ですから、エクステルナ内だけに存在しているオスも一緒に捨てられてしまうのです。
メスは宿主の体中に侵入しているので、捨てられることはありません。そして宿主が脱皮したあとに新しいバージンエクステルナを作ります。新しく作られたバージンエクステルナのリセプタクルにはオスがいません。そこで新しくオスのキプリス幼生を迎え入れる必要がでてきます。
このときも心を乗っ取られている宿主はおなかを動かすなど、キプリス幼生のオスをおびき寄せる手伝いをします。
4. 寄生された宿主はどうなってしまうのか?
寄生された宿主は体と心を乗っ取られてしまいます。そのため宿主は奴隷のように働かされたり、一方的に搾取され続けたりする生涯を送ることになってしまうのです。具体的にどのような生涯を送ることになるのか解説します。
4.1. まるで「奴隷」のような生涯を送ることになる
宿主は体の面では栄養を搾取され、繁殖できなくなります。さらに脱皮の自由も奪われてしまいます。宿主がオスだった場合には、脱皮のたびに大きかった爪は小さくなり、腹部のふんどし部分が大きくなるなど体の形まで変えられてしまうのです。
心の面では子供を育てる習性のないオスまでもが、エクステルナを自分の卵だと思い込みます。そして外敵から守ったり、汚れを落としたり、卵の孵化のお世話までします。新しいバージンエクステルナが形成されたときには寄生性フジツボのオスを取り込むお手伝いまでさせられています。
宿主は寄生性フジツボに都合のいいように、体も心も死ぬまで利用されてしまうのです。
4.2. 宿主の寿命は意外なことに伸びる
栄養を吸い取られて、いろいろなお世話までさせられてしまう宿主の寿命は、一見短くなるように思うかもしれません。しかし、実は寿命自体は伸びます。生殖能力を奪われてしまっているため、繁殖にエネルギーを使わず、結果的に長生きすることになるのです。
長生きはするものの、心と体をコントロールされている宿主は、栄養を吸い取られ続け、さらにお世話を続け、寄生性フジツボに尽くす生涯を送ることになります。
5. 寄生性フジツボをもっと知ろう!疑問解決Q&A
特徴的な特性をもつ寄生性フジツボの生態を中心に解説してきました。本項では、生態以外で気になる疑問と、その解答を紹介します。
- 天敵の存在
- 宿主になるカニの背中にあるブツブツ
- 宿主のカニやエビを食べることができるのか
- 貝のフジツボも寄生虫なのか
について順番に解説します。
Q1. 寄生性フジツボの天敵はいるの?
寄生性フジツボの天敵は「宿主の天敵」です。宿主が食べられてしまっては、どうしようもありません。
それ以外にも寄生性フジツボに寄生する生物がいます。たとえば等脚目(とうきゃくもく)のカクレヤドリムシ類というダンゴムシの仲間などです。ただ、寄生率はとても低いのです。
天敵というわけではありませんが、「グルーミング」も厄介な存在です。
宿主になる甲殻類に体の表面をグルーミングで綺麗にされると、なかなか寄生できません。ですから脱皮直後で体がやわらかく、固めるためにじっとしていないといけない時期を狙って寄生していると考えられています。
Q2. カニの背中にあるブツブツも寄生性フジツボに関係ある?
カニの背中に黒っぽいブツブツがついていることがあります。このブツブツの正体はカニビルの卵です。カニビルも寄生虫ですが、寄生性フジツボが内部寄生虫なのに対し、カニビルは外部寄生虫です。
カニビルは通常、やわらかい砂泥のなかで暮らしていますが、卵は固いところに産み付けられます。たとえば岩や甲殻類、カニの甲羅などです。移動するカニなどに卵を産み付けることでカニビルの生活範囲が広がるとも考えられています。
黒っぽいブツブツはカニビルの卵で、ただ甲羅にくっついているだけです。栄養を吸い取ることなどはしていないので、カニにとってはなんの害もなく、寄生性フジツボとも特に関係ありません。
Q3. 寄生性フジツボのついているカニやエビ、食べても平気?
海外では、寄生性フジツボがタラバガニやワタリガニなどの大きなカニに寄生していた例が見つかっています。
寄生性フジツボがついているカニやエビは食べても害はないのか気になるところです。
寄生性フジツボ自身には毒はありませんので、寄生性フジツボがついたカニやエビを食べてしまったとしても人体に害はありません。
Q4. 貝のようなフジツボも寄生性フジツボの仲間だから寄生虫なのか?
岩場などでよく見かける貝のようなフジツボも寄生虫なのでしょうか。結論からお話しすると貝のようなフジツボは寄生虫ではありません。
クジラやウミガメに貝のようなフジツボがくっついていることがあります。その姿は確かに寄生虫のようにも見え、テレビなどではたまに寄生虫として紹介されることがあります。ですが、これらのフジツボはクジラやウミガメから栄養を吸い取っているわけではありません。水中にいる餌を食べて栄養補給していて、ただくっついているだけなのです。
貝のようなフジツボには寄生する能力はありませんから、宿主になる甲殻類が貝のようなフジツボの近くにいても、寄生される心配はありません。
6. まとめ
寄生性フジツボ(和名フクロムシ)の興味深い生態について解説しました。
寄生した宿主の栄養を吸い取り、身体を乗っ取って生殖不能にさせます。さらに心まで乗っ取り子育てをさせたり、オスに寄生した場合はメス化させてしまったりする驚きの生物です。貝のような通常のフジツボとはまったく別の生き物であることがご理解いただけたでしょう。
もしフクロを抱えているカニを見かけた際は、観察してみてください。