ライバル企業に営業をかけて当たり前の世界
現在、新型コロナウィルスの影響で業種を問わず営業マンは苦戦を強いられています。なかでも、私たち不動産業界の営業マンは大変な窮地に追い込まれています。
不動産営業といってもいろいろな種類があります。大別すると売買、賃貸、管理に分かれ、扱う物件によって中身は違ってきます。不動産の営業は資格がなくてもできる商売ですが、マンション、土地、収益物件、戸建てと、同じ売買でも営業マンに要求されるスキルが全く違うのが不動産業界です。そのうち売買業務に携わっている就業者数は、宅地建物取引主任の数(約55万人)から割り出すと、全国にざっと150万人いると考えていいでしょう。
今回の新型コロナで、これだけの不動産営業マンが苦境に立たされています。しかし、世間ではテレワークなどのインターネット活用が急速に普及しています。それなのになぜ困っているのか?と不思議に思う人もいるでしょう。
不動産業界の人ならお気づきでしょうが、不動産営業には他の営業では見られない特異性があります。私が一番大きな違いを感じているのは「不動産の営業マンは同業他社の営業マンに対し、ごく普通に情報交換を目的とした営業をかける」ということです。ライバル会社に情報交換しようと持ちかけるなんて、他の業界ではまずありえないことですよね。ところが不動産業においてはそれが許されている。お互いよりスムーズに、より効率よく売り上げをつくるために、同業者との情報交換はかなり頻繁に行なっているのです。
ところがコロナ以降、外出自粛で家から出られないわ、三密を避けるために夜の情報交換会はなくなるわで、とくに新規開拓のための営業活動は全くと言ってよいほどできなくなりました。
なぜ本当にいい物件はポータルサイトに載らないか
インターネットがあるといっても、「ネットに載っている物件にいいものはない」というのが、業界の常識です。宅建業法上、不特定多数の消費者まで見るポータルサイトにはすべての情報を開示しなさいと決められています。だからこそ、本当にニーズの高い物件ほど営業マンが隠す傾向があるのです。
残念なことに、この業界には行儀のよくない営業マンが少なからずいます。例えばAという業者が、いい情報を不動産のポータルサイト(スーモ、アットホームなど)にアップしたとします。普通はAに電話をかけて詳細な物件情報をもらうのですが、その情報をもとに物件の登記簿謄本をとって、直接売り主のところに営業に行ってしまう「行儀の悪い営業マン」が後を絶たないのです。その結果、ポータルサイトには二番手・三番手の物件しか載らないといったことが生まれています。そのために、私たちは超アナログな手法で営業をせざるを得ないのです。
これは大きな問題です。どうにかネット上でいい情報を交換できるようにならないものか、私は以前から考えてきました。そして思い至った解決策が、「ネット上でも『クローズドな場所』で、互いの顔が見えるような形で情報のやり取りができればいいんじゃないか?」というものです。
この考えを実現するため、私は営業マンどうしをつなぐマッチングアプリを開発しました。その名も「TRG(トラジ)」。不動産営業の中でも売買に特化していて、主に収益物件を対象としています。
互いに不動産のプロ同士という前提があれば、個人情報のすべてをさらす必要はありません。「港区、芝の、オフィスビル」くらいでもいいでしょう。ただ、やはりビジネスなので、人の信用度が担保されねばなりません。TRG(トラジ)の登録には顔写真が必要ですし、所属会社などの確認も厳格に行ないます。
営業マンよりも、情報が取れない仕組みが悪い
だまされた、売りつけられた、あるいは脱税した──不動産売買をめぐってはよくこうした事件が報道されます。悪いニュースを耳にしたときいつも思うのは、不動産業界というのは「いいことをしても悪いことをしても、個人にフォーカスが当たらない業界だな」ということです。
社長が逮捕されるような案件であれば、さすがに社長の名前は出ますが、だいたい不動産業界というところは、物件を動かしているのは社員なのに、いいことをしても悪いことをしても個人の責任は問われません。こうした構造的問題を抱えています。
これこそが、先ほどの「行儀の悪い営業マンがいるから、ネットの有効活用が進まない」という問題の根幹にあるのだとおわかりでしょう。物件ばかりを重視する、「物件主義」ともいうべき業界の風潮がよくないのです。
だからこそ「TRG(トラジ)」は営業マンに焦点を当てる「人物主義」を採用しました。個人という形で登録するので、それが足かせとなって悪いことができなくなる。もちろん、いいことをすれば評価されるようにしたい。そこで導入した機能が「ホワイトチェック評価制度」です。営業マンの評価が数値化されて見えるので、その人がいい営業マンかどうかが一目でわかるようになります。
不動産売買はもっと公平で透明性のあるものでなければならないと思ってきました。原因の一つに、いわゆる“両手の仲介”があります。日本では、元付業者(売主側についている業者)が自分で買主を見つけてきたら、売主から3%、買主から3%の合計6%の手数料が入るので、なるべく自分で決めようとします。
これ自体は企業努力として別に構わないと思います。しかし、たとえば10億円の物件で、9億円で買いたいというお客様が見つかった場合、10億円で買いたいという人がいるにもかかわらず9億円で成約させ、自分の利益を優先させるようなことが起きます。実際、このような業者は少なくありません。
しかし同時に、成約後に客付け業者がそれを売主さんにリークして大問題となるケースが起きています。だからよく「不動産会社はウソツキだ」と買主さんや売主さんに言われてしまうのです。ただその場合、私はそれを自分の利益を優先した営業マンよりも、その情報を共有できない仕組みの方が悪いと考えています。
アメリカではこういったトラブルは起きません。なぜかというと、もともとアメリカの不動産は「売り側」と「買い側」とできっちり分かれていて、どちらか担当した側の利益を優先しなさいと決まっているからです。日本もそうならないといけないと思っています。
しかしこうした古い慣習はこれからはもう通用しなくなるでしょう。日本の不動産売買は転換期に来たと私は考えています。みんなで情報をオープンにして、インターネットを有効に活用して効率よくやらないといけない。ようやくそういう機運が高まって来たと思うのです。