競争が激化する賃貸住宅市場。「長期間に渡って入居者が絶えないホンモノの物件づくり」のニーズがますます高まっている。今や入居者の快適さを追求するだけでなく、ライフスタイルの提案も含めたトータルプロデュースの視点が欠かせないという。本連載では、建築家とタッグを組んだ住宅プロデュースで定評がある株式会社タツミプランニングの営業本部・藤郷紳也氏と、実際にいくつもの賃貸物件を設計した建築家・伊原孝則氏に、長期視点に基づく「勝つための賃貸物件づくり」の極意を伺う。後編のテーマは、「建築家が建てる」賃貸物件の強みについてである。

「家賃の安さだけ」を競う状況に陥らないためには…

――前回(将来を見据えた注文建築による「賃貸物件」の優位性とは?)、勝てる賃貸物件をつくるには「目的に最適化した」物件企画が必要、というお話がありました。デザイナーズ住宅や、ペット共生住宅、バイカーズ住宅など、いわゆる「とがった企画」での差別化なども話題になりますが、建築家としてどのようにお考えでしょう。

 

建築家・伊原孝則氏
建築家・伊原孝則氏

伊原 私の場合、そうした企画は毎回必ず考えます。建物単位でも考えますし、建物全体が難しいときでも、住戸単位で考えます。いいかえると、その建物、その部屋にどんな人が住むのかを明確にイメージした企画にするということです。入居者は、自分のライフスタイルに合う部屋を常に探しています。そしてそういう物件が見つかれば「私のためにつくられたような部屋だ」と、必ず感じます。

 

建物の個性が明確であるほど、住む人の感性にピタリとはまるのです。ところが、だれにでも受けるように万人向けにしようと思うと、結局、周辺の建物と同じようなつくりになります。そうなると、極端にいえば、家賃の安さだけでの勝負になってしまいます。

 

藤郷 大家さんはマーケットの全体を相手にしようと考えがちですが、それは不可能に近いかもしれません。我々はマーケットを小さく区切り、ターゲットを明確にした上で、必要とされるニーズに対して価値提供するというのが、いわゆる「勝てる」物件づくりの基本になると考えています。伊原先生の意見と同じく、10戸の賃貸物件なら、そこを気に入ってくれる人が10世帯だけいればいいということです。何万人もの人を相手にする必要はありません。ここは、もしかしたら多くの施主様が勘違いしている部分かもしれないですね。

 

伊原 その一方で、思い込みが強すぎて、「ここはこういう個性のある建物にすれば、絶対入居者が入る」と決めつけてしまうタイプの施主様もいます。思いを実現したいという気持ちは理解できますが、これもまた非常に危うく、勢いだけではうまく行かないこともあります。

 

私たちが物件プランを考える際には、専門会社に依頼して周辺の生活者データや競合物件データ、街の開発計画データなど、大量のマーケティングデータを集めて徹底的に分析します。さらに、実際に自分の足で街を歩き回り、飲食や買い物などをして、そこでの暮らしを肌感覚としてもつかみます。

 

その上で、街の将来を予測し、ターゲットや企画を練り上げていきます。そうしなければ、10年後、20年後まで通用する物件はつくれません。決して感性やフィーリングだけでターゲットや企画を考えるわけではないのです。

 

企画提案型住宅は実は「無駄なコスト」がかからない

――建築家が建てる賃貸物件の場合、「いいものができるのはわかるが、費用も高いのではないか」と思う人も多いのではないでしょうか?

 

株式会社タツミプランニング 営業本部・藤郷紳也氏
株式会社タツミプランニング
営業本部・藤郷紳也氏

藤郷 同じ規格でつくれといわれれば、当然ハウスメーカーさんのほうが安くなるでしょう。そもそも素材選びや設計の基準がまったく違いますので、単純な比較自体に無理があります。しかし、企画提案型住宅には実は「無駄なコストがかからない」というメリットもあることは知っておいていただきたいですね。

 

伊原 前述したように、私たちのつくる賃貸物件は、施主様の状況、土地の状況などを全体的に見て、最適化された企画を考えるところからスタートします。その企画を実際に設計に落とし込んでいく際のポイントは、「過不足のない建物をつくる」ことです。過不足がないとは、不要なコストはかけないが必要なコストはかける、ということです。

 

たとえば比較的庶民的でカジュアルな雰囲気が人気のエリアに、豪華設備の高級マンションをつくってはミスマッチだし、海に近い場所では、リゾート的なライフスタイルを実現するための設備を完備するなど、どこに費用をかけることがニーズに合うかをリサーチします。

 

この考えを、構造設計から設備、仕様まで徹底することで、企画の趣旨にそった、最適な建物がたてられます。

 

――利回りを高めることばかりを考えて、なんでも低コストにすればいいわけではないということですね。過不足ない設計やデザインのポイントをもう少しくわしく教えていただけますか?

 

伊原 たとえば、不動産広告でうたいやすい設備(宅配ボックス等)をあまり考えずにつけてしまうということが一般的に見られます。そのにコストをかけるのではなく、目には見えにくいですが、セキュリティ対策や遮音性能などしっかりと費用をかけておけば、入居者さんの不満防止、ひいては退去の防止につながる場合もあります。

 

また建築コストを抑えるための設計上、デザイン上の工夫は、それこそ無数にあります。たとえば、構造設計では「経済設計(※1)」といって同じ強度でも相対的にコストを抑える設計にするとか、あるいは素材なども規格型の建築にはないような使い方を工夫して、うまくコストを抑えるといったことも、必要に応じて採り入れます。そういったアイディアは、長年の注文住宅設計の経験で蓄積されてきたものです。

※1 経済設計…予算内で使いやすく、しかも安全な建物をつくるために、コストをつめる設計作業

 

このように、注文住宅では規格型にはない細かい指定がなされるので、実際につくる工務店さんにもそれに対応できる技術・ノウハウが必要になります。逆にいうと、多くの建築実績と高い技術力を持つタツミプラニングのような工務店とコラボレーションしているからこそ、施主様と建築家が考える最適解のプランが実現可能になるという面もあります。

 

手前味噌になるかもしれませんが、建築家の設計力と工務店の施工力の両輪がうまくかみ合ってはじめて、収益性が高く、長く支持される賃貸物件が完成するのだと考えています。

 

取材・文/椎原よしき 撮影/永井浩(人物)
※本インタビューは、2019年4月9日に収録したものです。